新たな労働問題:新旧教会の「聖金曜日」巡る祝日論争

2019年01月24日 11:30

キリスト教にとって最大の祝日といえば復活祭(イースター)だろう。復活祭はイエスの生誕日(クリスマス)より重要だ。イエスは十字架にかけられ殺害された3日後、復活し、離散した弟子たちを再び呼び集めた。復活祭を通じてイエスの教え(福音)はユダヤ教から離れ、キリスト教として世界に広げられていく。すなわち、イエスの復活からキリスト教が始まったわけだ。復活祭は移動祝日で今年は4月21日だ。

「十字架のイエス」(2013年3月31日、バチカンの復活祭)

イエスが十字架上で苦悶し、殺害された受難の日は聖金曜日(独Karfreitag)と呼ばれるが、世界最大のキリスト教、ローマ・カトリック教会(旧教会)は復活祭前の聖金曜日を祝日としていない一方、ルターから始まったプロテスタント教会(新教会)と古カトリック教会(復古カトリック教会)は教会祝日としている。すなわち、旧教会と新教会では聖金曜日への対応が異なっている。

オーストリアはカトリック教国だから、聖金曜日(今年は4月19日)も平日通り勤労の日だ。オーストリアで新教徒の場合、雇用主に信者証明書を提出し、自分が新教徒であることを証明すれば、教会祝日として休むことができる。すなわち、カトリック教信者の労働者は「聖金曜日」も働く一方、新教徒は祝日として休むことができるわけだ。

雇用者側が「オーストリアはカトリック教国で、聖金曜日は法定祝日ではないから、新教徒の君も出勤しなければならない」と要求した場合、プロテスタント信者の社員は出勤して働くが、後日、「休日にも関わらずに働いた」ということで雇用者にその手当を要求できる(労働者が休日に働いた場合、通常より高い日給を要求できる。または別の日に1日休日を得る)。カトリック信者の場合はそのような請求権はない。聖金曜日が通常の平日であり、祝日ではないからだ。

ところが、ルクセンブルクの欧州司法裁判所(ECJ)は今月22日、①「聖金曜日」はプロテスタント信者だけがフリーでカトリック信者は働かなければならないこと、②新教徒が聖金曜日に仕事をした場合、雇用者に特別手当を要求できることは欧州連合(EU)の「差別禁止法」から判断しても不当である、という判断を下したのだ。

もちろん、同判決を通じて、オーストリアの労働者は新旧教徒の区別なく聖金曜日を休みたければ、雇用者にその旨を通達すれば可能の道は開かれるが、全ての要求が受け入れられるかは別問題だ。オーストリア代表紙プレッセ(1月23日)は一面で大きく報道した。

オーストリアでは年に13回の教会関連の法定休日がある。そこで「聖金曜日」も祝日とすれば、旧教徒と新教徒の間の差別はなくなるが、新たな問題が生じる。

賢明なカトリック教徒の労働者は雇用者側に「自分は過去、聖金曜日も仕事をしてきたが、手当はもらわなかった」と主張し、過去の未払い分を要求するかもしれない。オーストリアではこの種の時効は3年だから、時効前ならば労働者は雇用者に支払いを請求できる。大企業となれば、社員の数も多いから、その支払額も少なくない。

だから雇用者側も「聖金曜日」の一律祝日化には抵抗が出てくる。キリスト教関連の祝日問題でも経済問題が絡んでくるとにわかに複雑となり、解決も容易でなくなるという典型的な例だ。

キリスト教とは無関係の読者からは「どうして新旧両教会は聖金曜日の対応で異なっているのか」という素朴な疑問が飛び出すだろう。多分、両教会の信仰の重点の違いとでもいえるかもしれない。

宗教改革者、マルティン・ルター(1483~1546年)はイエスの十字架上の受難によって人間の罪が解放されたという「十字架の神学」を主張した(ルターは当時、バチカンの行き過ぎた強権に不満を持っていた)。一方、カトリック教会ではイエスの十字架上の受難より、十字架から復活したイエスの勝利こそ称えるべきだという「栄光の神学」により力点を置いている。換言すれば、「同伴者として神」と「全能の神」とでもいえるかもしれない。

聖金曜日をどのように受けとるかは、単に祝日論争ではなく、イエスの降臨目的、33歳で十字架で亡くなったイエスの生涯をどのように解釈するかなどのキリスト教神学の根本的なテーマにかかわってくる。

カトリック教国のオーストリアでも年々、信者が減少し、社会の世俗化が急速に進んでいる。50%以上の国民がカトリック教会の信者ではなくなった時、同国でこれまで施行されてきた教会関連の年13日間の祝日はどうなるのだろうか。それとも「無神論者の日」とでも呼ぶ新たな祝日を新設し、廃止された教会祝日の差し替え休日とするだろうか。いずれにしても、大多数の労働者にとって教会関連であろうが、そうでなかろうが、1日でも休日が多いほうが嬉しい。

最後に、オーストリアの商工会議所や産業界からは教会関連祝日がこれ以上増えることに強い反対がある。例えば、12月8日は教会の祝日「聖母マリアの無原罪の御宿り」だ。クリスマスシーズン中ということもあって、教会の祝日(休日)を返上してオープンするスーパーや百貨店が増えてきている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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