大腸がんで20歳が死去。私の考える医療と今の医療との乖離

2019年01月31日 06:00

日曜日に気晴らしにボーリングに言った。第5フレームを終わった所で93点と絶好調だった。しかし、次の瞬間、悪魔に襲われた。人間、欲をかくとダメなことを理解しているはずだが、本能が冷静さを失わせた。力を込めて次のボールを投げ終わった途端に左の大腿部に激痛が走る。大昔に野球をやっていた時の肉離れと同じで、痛みに加え、異常なだるさを感じた。

ゲームは続けたが150点に終わり、その時点で続行不可能となった。かつての中村研究室では、年末にボーリング大会があり、230点越えの時もあったが、やはり歳には勝てない。もっと準備運動をしてから臨むべきだった。アキレス腱の切断よりましだったと、自分に起こった不幸を受け止めるしかない。回復後には、毎日スクワット100回だ。

で、標題の話題に戻す。リキッドバイオプシーのブログで紹介したことがあるが、脳腫瘍には血液を利用したリキッドバイオプシーは無効だ。なぜなら、脳とそこを流れる血管の間に、血管脳関門(Blood Brain Barrier)と呼ばれるフィルターのようなものがあり、血管から漏れ出て脳に向かう物質の選択が行われているからだ。脳を守るための特殊な仕組みだが、血管と言っても場所によって働きが異なる。この場合は、壊れた腫瘍細胞のDNAが血管に入っていかない状況となるため、血液リキッドバイオプシーは利用できないようだ。

そこで、脳脊髄液を利用すれば検出できるのではと考えていたが、やはり先を越された。Nature誌のオンライン版に「Tracking tumour evolution in glioma through liquid biopsies of cerebrospinal fluid」というタイトルの論文が掲載されていた。脳脊髄液を用いたリキッドバイオプシーで、グリオーマ(脳腫瘍)がどのように変化していくのかを追跡できることを述べたものだ。予測されたこととはいえ、世の中が進んでいるのを眺めているのは辛い。

数年前、厚生労働省のがんゲノム医療懇談会が報告書を作成する際、当時の塩崎恭久大臣から意見を求められたことがあった。原案の内容を読んで正直驚いた。素晴らしかったからではなく、あまりにも陳腐で時代遅れだったからだ。「全ゲノム解析・全エキソーム解析」も、「リキッドバイオプシー」も、「免疫療法」のかけらもない報告書原案だった。もちろん、ネオアンチゲンの「ネ」の字もない。いったい、どの時代を生きているのかと思った。

世界の現状認識が完全に欠落していた。周回遅れどころではない、みんなが走っているのに、日本だけ幼児のハイハイをしているような感じだ。この日本のふがいない状況も、私が日本に戻ろうと思った一因だ。誰のための、何のための懇談会だったのか?日本人として悲しかった。

そして、冒頭の「気晴らし」に戻る。この20日間ほど、気持ちが晴れなかった。今でも、気持ちは落ち込んでいる。それは、年末にブログに書いた20歳の大腸がんの青年が亡くなったからだ。私は彼が心の底から笑顔を取り戻す日を願っていた。その彼が年末にある医師から心無い一言を言われて取り乱しているので、顔を出して励ましてほしいとお父様から電話をいただいた。病室を訪れたときに危険だと感じた。目の力がすっかり失われていたからだ。

彼の当面の目標は故郷の成人式に参加することだったので、それを目標に頑張ろうと話しかけたが、彼の声からは気力が伝わってこなかった。それが気になって、1月2日にも病室に顔を出した。目の力は失われたままだった。気力が失われると一気に悪化していく患者さんたちを診てきたが、それと重なった。

そして、その1週間後に彼が息を引き取ったとの連絡を受けた。思わず、涙がこぼれた。そして、その知らせを聞いた時の自分に対する無力感、絶望感は言葉では表現できない。今も、心の底でそれを引きずっている自分がいる。

生きる力を与えるはずの医師が、生きる気力を失わせる言葉を平然と口にすることに憤りを覚える。私の考える医療と、今の医療との乖離はどこに由来するのか?考えれば考えるほど悲しくなってくる。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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