北朝鮮に傾斜しすぎ?韓国軍によるクーデターは起きるか

長谷川 良

韓国の日刊紙(日本語版)を読んでいると、面白い動きに気が付いた。具体的には、興味を引く2本の記事が報じられていたのだ。1本は、文大統領の最側近だった金慶洙・慶尚南道知事が30日、2017年の大統領選挙に関する世論操作事件で業務妨害と公職選挙法違反の実刑判決を言い渡され、法廷で拘束されたというニュースだ。もう1本は、文大統領の娘家族が昨年住んでいた家を売却し、現在海外在住という事実が報じられたことだ。

▲大手企業責任者を迎え、雇用拡大を訴える文在寅大統領(2019年1月16日、韓国大統領府公式サイトから)

▲大手企業責任者を迎え、雇用拡大を訴える文在寅大統領(2019年1月16日、韓国大統領府公式サイトから)

特に後者は、文大統領の信頼性を揺るがす内容だ。韓国中央日報(日本語版)は30日、「大統領家族や親戚だからと言って海外移住に不利益を受けたり、子どもを外国の学校に行かせてはならないという道理はないが、その過程に釈然としない部分がある上、大統領の直系家族は予算を使って管理警護しなければならない公的対象であるだけに、海外移住について国民にも知る権利がある」と報じているほどだ。

韓国海軍艦艇が昨年12月20日、日本の排他的経済水域(EEZ)内で海上自衛隊哨戒機P1に火器管制レーダーを照射して以来、日韓両国政府は激しく対立。韓国メディアは当初、日本の主張を一斉に批判し、韓国国防省側の説明を支持する論調で溢れた。韓国の反日言動は今回の不祥事で一層過熱化してきたが、日韓両国の激しいやり取りの行き過ぎに危惧する声もここ数日見られ出した。そこに、文在寅大統領を直接、間接的に批判する記事が韓国のメディアに掲載されたのだ。

「面白い動き」とは何かを少し説明する。韓国は一応、民主国家であり、三権分離を実施しているが、司法がその時の権力者の意向に沿った判決を下す例は少なくない。すなわち、「司法の独立」は建前で、実際は甚だ疑わしい。日本植民統治時代の「徴用工」(朝鮮人戦時労働者)への賠償問題などはその代表的な例だ。韓国大法院(最高裁)が日韓両国間で締結された条約を時の権力者の意向に沿って 無視する判決を下したばかりだ。

その韓国で文大統領の最側近だった現職の慶尚南道知事が拘束されたのだ。文大統領は最側近を見捨てたのだろうか。

文大統領の家族問題は現時点では法的に問題はない。問題はそれが外部に漏れ、大きく報道されたことだ。文大統領はその報道を事前に阻止できなかったわけだ。

韓国の政治はトップダウン体制で、大統領の意向が強い。それも日韓両国が激しく非難合戦をし、日韓両国の外交関係が完全に険悪化している「時」に、上記の2本のニュースが流れたわけだ。

当方は数日前、韓国の政治情勢に詳しいソウルの大学教授と会食したが、その教授は「韓国では文大統領を主導とした革命派とそれを阻止しようとする保守派が水面下で激しく争っている」というのだ。教授曰く、「世論調査を見てもわかるように、国民の半分は大統領を支持、別の半分は反対している。もちろん、実権を掌握している前者が強いが、後者を無視することはできない」という。

ちなみに、韓国聯合ニュースによると、「韓国の世論調査会社、リアルメーターが31日に発表した政党の支持率は与党『共に民主党』が前週より0.9ポイント下落した37.8%、最大野党『自由韓国党』が1.8ポイント上昇した28.5%となり、支持率の差が文在寅政権発足後初めて10ポイント以内に縮まった」という。

教授は国防白書で「北朝鮮が主敵」という個所が削除されたことに言及し、「北が主要な敵という意味では削除されたが、白書には、韓国の利益に反する国はわが国の敵だと記述されている。核開発を継続し、韓国を脅かす北朝鮮は南の利益に反するから敵ということになる。その意味で大きな問題はない」と説明してくれた。

教授が強調した点は、「北朝鮮に傾斜しすぎる文政権に強い危惧を感じる保守派勢力が韓国内に存在する」ということだ。例えば、文政権が1919年の「韓国臨時政府」発足日を新たな“建国の日”として、南北両国で大きな式典を挙行しようとしていることに、保守派は強く反発していると聞く。保守派の認識は韓国の建国記念日は従来の通り1948年8月15日だ。

問題は革命派の文政権の動きに保守派勢力がいつまで忍耐していられるかだ。もう少し過激な表現を取るとすれば、「韓国軍によるクーデターは起きるか」だ。教授はその点には何も言及しなかったが、国民の半分が文政権の革命的路線に不安を持ち、警戒していることは間違いない。一部で、文政権はベトナムのような南北ベトナムの統一を目指しているという憶測が流れているが、教授は「韓国はベトナムではない」と北の金正恩朝鮮労働党委員長主導の南北再統一は考えられないと一蹴した。

しかし、金正恩氏がソウルを訪問すれば、南北民族の再統一を高らかにアピール、同時に、在韓米軍の撤退を要求するだろう。国民経済の低迷や未来への不安などで韓国社会には閉塞感が漂っているだけに、金正恩氏が同民族の連帯を訴えたならば、韓国国民の心が動かされる可能性は十分あり得る。

ヒトラーがウィーンに凱旋帰国し、英雄広場で演説した時、20万人以上のウィーン市民が歓迎した。そしてオーストリアはドイツのナチス政権に併合されて、その後戦争に深く関わっていった。金正恩氏は独裁者だが、ヒトラーではないし、21世紀の今日、同じようなことが朝鮮半島で再現するとは考えにくいが、完全には排除できないのが朝鮮半島の現状だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。