化学療法で臨床的に消えた直腸がんはどう治療する?

JAMA Oncologyに「Assessment of a Watch-and-Wait Strategy for Rectal Cancer in Patients With a Complete Response After Neoadjuvant Therapy」というタイトルの論文が発表されていた。直腸がんの化学療法によってがんが消失した患者さんに対して、手術をせず、経過観察した場合の再発率や生存率を報告したものである。

化学療法によって臨床的にがんが消えた患者113 名(Watch-and-Wait=WW群)と、同じような化学療法の後に、手術によって直腸を切除し、病理学的検査(詳しく組織を調べた)結果でもがん細胞が残っていなかった136名の患者(pCR群)を比較したものだ。当然ながら、WW群ではがん細胞が全くないのかどうかは、病理学的には(顕微鏡でわかるようなわずかながん細胞の残存は)確認されていない。

両群では年齢に有意な差がある。WW群は中央値が67.2歳(32.1-90.9歳)であるのに対し、pCR群は57.3歳(25.0-87.9歳)であった(p=<0.001)。90歳を超える患者さんに抗がん剤で治療するのはすごいことだと思った。WW群は直腸と肛門の距離が中央値5.5センチ(0-15.0センチ)に対し、pCR群は7.0センチ(0-13.0センチ)であった。WW群では、定期的な検査の結果、22名で局所の再発が見つけられ、切除を受けているが、113名中、93名(91名の無再発群と経直腸的に腫瘍が削除された2名)では直腸が温存されていたことになる。pCR群では観察期間中には骨盤内再発は認められていない。遠隔転移については後述する。

5年での無再発率はWW群で75%、pCR群では 92%であった(骨盤外への転移があるので、上記の数字より低い)。5年での全生存率はWW群で73%、pCR群では94%であったが、がんによる生存率(がん以外での病気で亡くなった患者を除く)は、WW群90%に対して、pCR群は98%であった。WW群は年齢が10歳程度高いので、がん以外での死亡がpCR群よりもかなり高い点には考慮が必要だ。

直腸を切除して人工肛門にするかどうかは生活の質に関わる重要な問題だ。この論文では、化学療法でがんが消えた場合には、約4分の3で再発が認められないけれども、遠隔転移率が高いというデータだ。コントロール群は病理学的にがん細胞が

残っていないことが確認されているので、WW群より、再発率が低く、生存率が高いのは当然のことと言えるが、WW群は手術を受けていないので、この点を確かめることはできない。この論文で重要な点は、WW群の25%の再発率を低いと見るのか、高いと見るのか、そして。人工肛門をどう受け止めるのかと言った点だ。これに関しては、患者さん自身の価値観によってかなり異なると思うので、この数字を単純に解釈はできない。人工肛門と再発リスク、どちらを選択するのか、難しい課題だ。乳がんに対する乳房温存と同じようなテーマだが、数字を見ていても、悩みは尽きない。ゲノム医療を応用すれば道は開けるはずだが、そんな発想もない。

日本では、標準療法として、抗がん剤を受けることが強いられる場合が多い。標準療法と言っても、個々の患者さんにとっては「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の世界だ。蓋を開けてみるまでわからないのが現実だ。こんな単純で、当たり前のことが理解されない医療の世界はどうなっているのだろうかといつも考えさせられる。せめて、80%くらいの確率で効くか効かないのか判定をできないものだろうか。

がんゲノム医療は、このような八卦的治療ではなく、科学的な治療法を患者さんに提供するためのものだ。こんなこと、やればできそうだが、挑戦する姿勢もない。頑張れ、日本の若者よ!単に遺伝子パネルを保険診療化することが、がんゲノム医療の本質ではない。現状の国立がん研究センターによる国立がん研究センターのための中央集権的で限定的な「がんゲノム医療」のままでいいのか?国内で威張っていても、国際的には存在感の無いセンターでいいのか?悲しいことに、メディアが劣化して、そんなことも理解できないような国になってしまった。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年2月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。