自衛官募集:朝日新聞の「ファクトチェック」を検証してみた(特別寄稿)

潮 匡人

2月14日付「朝日新聞」朝刊が「自衛官募集 改憲の理由にはならぬ」と題した社説を掲載。冒頭から総理総裁発言をこう批判した。

自衛官募集に自治体の協力が得られないから、憲法9条に自衛隊の明記が必要だ――。
今年に入って安倍首相が言い出した改憲の根拠は、事実を歪曲し、論理も破綻している。首相の改憲論の底の浅さを、改めて示したと言うほかない。

続けて「首相は先の国会答弁や自民党大会での演説で、9条改正に関連し、自治体の6割以上が自衛官募集への協力を拒否していると強調した。しかし、これは明らかに事実に反する」と書いた。もし「明らかに事実に反する」なら「事実を歪曲し」ではなく「事実を否定し」と非難すべきであろう。

(上から右回りに)自衛官募集公式、官邸、朝日新聞の各サイトより:編集部

果たして「事実」はいかに……。朝日は前日の13日付朝刊にも『首相「隊員募集、6割が協力拒否」発言、実際は9割協力』と題した記事を掲載。「ファクトチェックしてみた」と意気込みながら

全体の約53%に当たる931自治体は、自衛官募集のため住民基本台帳の閲覧や書き写しを認めている。紙や電子媒体で名簿を提出している自治体と合わせ、9割近くが募集に協力していると言える。

と強弁した。

翌日の上記社説でも

「求め通りに名簿を提出したのは確かに約36%だが、約53%は住民基本台帳の閲覧や書き写しを認めている。これを加えた約9割が募集に協力しているとみるべきだ」

と主張した。だが、「協力しているとみるべきだ」というのは、名実ともに「べき論」である。総理総裁発言を「明らかに事実に反する」と断罪した論拠となっていない。

前々日12日、官邸のぶら下がり会見で記者が防衛相に「昨日の党大会で、総理が新規の自衛官募集に関して、都道府県の6割以上が協力を拒否していると発言がありました。そういう事実はあるのでしょうか」と質した。防衛大臣の答えは以下のとおり。

「すべての自治体のうち、つまり都道府県というよりも、むしろ市町村だと思いますが、そのうち6割ほどが協力をいただけていないということは事実でございます。(中略)2割は、防衛省の職員が全部閲覧をして、自らピックアップしなければいけないということになっておりまして、相当の手間と時間がかかっております。そして、残った1割については、そういう協力もいただけていないという現状にございます」

それでも朝日の手にかかれば、「閲覧や書き写しを認めている。紙や電子媒体で名簿を提出している自治体と合わせ、9割近くが募集に協力していると言える」となってしまう。牽強付会に「事実を歪曲」しているのは朝日新聞自身ではないか。

自衛隊法第97条は「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う」と規定している。朝日はご存じないようだが、地方自治法により自治体の「第一号法定受託事務」(国に代わり自治体がすべき事務)とされている。

だが、自衛官の募集事務を誠実に実施してきた自治体は少ない。旧防衛庁で初代のカレッジリクルータとして募集業務の一翼を担った私も苦労した。市役所の待合室の片隅に自衛官募集のパンフレットが置かれていれば、まだマシ。それすら忌避している自治体も少なくない。その一方、ほとんどの自治体が自らを「平和宣言都市」などと称し、庁舎に大きな垂れ幕を掲げて恥じない。阪神・淡路大震災以前は、多くの自治体が自衛隊との共同訓練を忌避してきた。

朝日は上記社説で「個々の自治体の判断を軽んじ、国の都合を一方的に押しつけようとしている」、「災害派遣を受けるなら募集活動に協力しろと言わんばかりだ。不見識きわまりない」、「発想は極めて危うい」と一方的な非難を重ねたあげく、最後にこう書いた。

教科書に「自衛隊が違憲」と書かれているという主張も、実際には断定的な記述はなく、意見の紹介にとどまっている。
9条は戦後日本の平和主義の根幹をなす。その重みを踏まえた熟慮の跡もなく、事実をねじ曲げる軽々しい改憲論は、いい加減に慎むべきだ。

そもそも検定を経た教科書で「自衛隊が違憲」と「断定」するはずがない。「意見の紹介にとどまっている」というが、採択された大多数の教科書が、朝日的な「意見」だけを紹介し、反対意見は紹介していない(詳しくは拙著『誰も知らない憲法9条』新潮新書)。

朝日は上記社説に加え、同じ14日付朝刊の総合面と社会面にも関連記事を掲載。連日、この問題で安倍批判を展開している。以下あえて朝日社説のレトリックを借用しよう。

今年に入って朝日新聞が言い出した安倍批判の根拠は、事実を歪曲し、論理も破綻している。朝日の護憲論の底の浅さを、改めて示したと言うほかない。自衛隊は戦後日本の平和と安定の根幹をなす。その重みを踏まえた熟慮の跡もなく、事実をねじ曲げる軽々しい護憲論は、いい加減に慎むべきだ。