南北で国民投票したら北朝鮮主導で統一か?

2019年02月15日 16:00

『文在寅政権』と韓国は別だ!」という長谷川良さんのコラムに対して、「『文在寅政権』は『韓国』そのものだ!」という投稿をしたら、長谷川さんから「『文在寅政権と韓国』論考:八幡先生へのお礼と説明」というお返事を頂いた。

私の投稿を真摯に検討いただいての反論であり、光栄です。内容的に納得するわけでありませんが、論点がより明確になって有意義なものだと思います。

南北首脳会談プレスセンター提供、2018年4月27日

それでは、納得するわけでないというのがどういう点かといえば、やはり、ソウル五輪ごろまでの北朝鮮への評価です。長谷川さんとの論点は以下のようなものです。

①韓国国民は北の独裁政治に対して惹かれたり、劣等感を感じているという指摘を読んだことがありますが、事実とは違うのではないか。北朝鮮の経済統計は一時期、韓国の国民経済を上回った時代もありましたが、ソ連・中国から支援を受けていたためであり、主体思想を国是とする北の国民経済が韓国より発展していたからとは言えないのではないか。

②韓国国民は「韓国動乱」を経験しているから北がどれほど非情で独裁的であり、民主政権とは全く違う国体かを体験を通じて学んだと思う。

③日本の朝日新聞を筆頭とする左派メディアは当時、北を「地上天国」のように報じ、その影響を受けた多くの在日朝鮮人が北に渡りましたが、彼らのその後の人生はどうなったか。

④韓国の歴代政権の中には北朝鮮に接近した政権もありましたが、韓国主導の南北統一、独裁国家北朝鮮の解放への思いがあったからだ。

⑤「どの政権が発足してもここ当分は韓国では反日政権となるだろう」と書いたが、「親北派政権イコール韓国」とはちょっと違うのではないかと考える。

北朝鮮の方が韓国より好調だったのは、統計のマジックでも中ソの援助がゆえでもない。もともと日本が鴨緑江に築いていた水豊ダムによる水力発電をはじめ、インフラが充実していたことに加え、韓国が腐敗した資本主義だったに対し、北が統制の取れた社会主義だったからだ。

一般に社会主義経済は目標が単純であれば合理的な経済政策として機能する。カンボジアのシアヌーク殿下が長年ここで亡命生活を送ったことでもわかるように、生活環境も良かったのである。

しかし、1970年ごろから、韓国の躍進が始まり、北朝鮮は徐々に苦境に陥った。北朝鮮経済には「千里馬運動」というのがある。常識を超えた生産性の向上を目指した運動で、それなりの成果が上がることもあるが、オーバーペースで頑張れという精神論に陥りやすく、その結果、人も設備もへばってしまった。

農産物を連続して栽培したら、収量は一時的には増えるが、地味は落ち、土地改良が必要になる。日量一万トンとされるプラントをフル稼働したら2万トンくらい生産できるかもしれないが、機械に負担がかかり、早く傷む。

アメリカとソ連との間の緊張が緩和されたなかで、1972年には南北対話が行われ、「南北共同声明」が出された。この際に高官の相互訪問が行われたが、南は北の集団化による農村開発に驚きま、「セマウル(新しい村)運動」という農村改良運動で対抗した結果、成功した。

ところが、北は浦項製鉄所のような近代工場が日本の協力で建設されたのに衝撃を受け、日本やドイツからプラント輸入をした。しかし、唯物論の教条主義的解釈で、メンテナンスの代金を払わず、錆び付かせたりして、債務が残った。

こうして南北逆転が起きて、焦った北は、1983年のミャンマー訪問時の工作員によるラングーン爆弾テロ事件、ソウル五輪の開催を翌年に控えた1987年の金賢姫らによる大韓航空機爆破事件などを起こし、蟻地獄に落ちたのはここからである。それまでは、自由選挙をすれば北主導への統一になったと思われる。

1948年4月に起きた四・三事件は、南だけでの選挙に反対して起きたもので、一説によれば島民の5人に1人にあたる6万人が虐殺さ村々の70%が焼き尽くされたといわれる。このとき大量の済州島民が日本に流入して、在日朝鮮人のルーツとしてかなり大きな部分だ(金正恩の祖父は密航船の運航をしていたといわれる)

また、李承晩の失脚後の軍事クーデター、朴正煕暗殺後の全斗煥らによる権力掌握も自由選挙になれば北主導の統一となるのを恐れてのものである。当時は日本ですら社会福祉の水準が低く、社会主義国の福祉水準をうらやましく思っていたくらいだから、今日の感覚で考えるほどひどい嘘だったのではない。

1959年からは在日朝鮮人の北朝鮮への「帰還事業」が始まったが、「帰還」とはいいいますが、在日朝鮮人のうち北出身者は実は数%しかいないといわれている。在日の人の大部分は慶尚道や済州島出身の大阪周辺で働いていた人で、チャンスを狙って来ました。また、戦後に密航して来た人もいる。

彼らは日本語しかできないのに日本国籍はなく、そのせいもあって就ける職業も限られた。また、貧しいために高校に行けない人がほとんどだった。ところが、韓国の李承晩政権は在日の人の帰国を拒否した。また、民族教育も助けることもなかった。

そんなときに、北朝鮮は朝鮮学校を運営するなど民族教育に熱心に取り組んだ。その結果として、在日の人の四割ほどが朝鮮籍となり、朝鮮学校で多くの人が学び、また子どもを高校に行かせたいから北に行きたいという人も多かった。

そして、同胞の「帰国」を歓迎したが、日本側としても、在日の人、特に左翼的な思想を持つ人たちが出国してくれることは大歓迎だった。しかし、李承晩が退場して朴正煕が登場してから、韓国があらゆる意味で先進国への着実な道を歩み始め、それを見た北朝鮮が焦って誤った方向へ走って、1970年代以降に北朝鮮経済が不調になったがゆえに、北へ帰った人の大半にとって、結果として不幸な選択になった。

それは、南米移民と同じで、結果としての不幸な選択であって、最初から予想されたものではない。

朝鮮戦争時の残虐行為については、南も北も良く似たものである。ソウル市民は李承晩が人や車が渡っている最中に漢江の橋を爆破したことを忘れてはいない。また、北朝鮮の苦難をもっぱら日本やアメリカの制裁や南北統一妨害の為だと思っている人も多い。また、脱北者も三分の一程度は、後悔して北に帰りたいと思っているのが現状である。

自由社会において、自由選挙をしたら社会主義は勝てないというのは、ヨーロッパのことでアジアではそうでもない。また、南北統一して大統領選挙をすれば、金正恩が最有力とまじめに多くの人が言っている。私もそうかもしれないと思う。少なくとも文在寅よりさらに北朝鮮よりの候補しか当選しえないのは自明の理だ。

日本でも首長選挙ではしばしば革新サイドが勝利してきた。首相公選なら同じことだったと思う。また、沖縄では客観的にみたら米軍基地がなくなったら経済的にもたいへんだし、中国の脅威は耐えがたいものになると思うが、それでも、愉快犯的に反米軍基地勢力が選挙で勝つのだから、別に韓国が特殊でもないのである。

なお、こうした歴史的経緯について、拙著『捏造だらけの韓国史』(ワニブックス)では、第6章を「韓国より北朝鮮のほうが付き合いやすい⁉』という1章に充てて日本人の常識に挑戦してみた。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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