エルドアン大統領のトルコは、世俗主義からイスラム原理主義に

白石 和幸

エルドアン大統領(トルコ大統領府公式写真)

トルコは嘗て中東を支配したオスマントルコに由来する国家である。レジェップ・タイイップ・エルドアンはイスタンブール市長から公正発展党(AKP)を創設して国政に参加。2003年に首相に就任して以来、現在は大統領として15年余りトルコの政治を司っている。

エルドアンの治世によってトルコはあれよあれよという間に世俗主義の国家からイスラム原理主義に変身させてしまった。彼はAKPの設立当初はそのような考えは表には見せなかった。寧ろ、世俗主義を発展させて欧米に近づくような雰囲気でもあった。

その証拠にAKPの発展の為に、現在米国に自主亡命している世俗主義者のギューレン師の協力を仰いだほどであった。現在、エルドアンは自らの政治的な野望の為にギューレン師を政敵にして機会あるたびに米国政府に対し彼のトルコへの送還を要求している。

しかし、現在のトルコは政治的にエルドアンが望んでいるイスラム原理主義に方向転換させている。『ゲートストーン研究所(Gatestone Institute)』に寄稿しているアナリストA.J.キャシェッタの書評の中で、エルドアンは嘗て一度「民主主義は電車のようなものだ。君の目的地に到着するまでそれに乗って移動する。目的地に着くや下車するのだ」と語ったことがあると言及している。(参照:es.gatestoneinstitute.org

エルドアンは彼が目指す目的地に到着したということであろう。即ち、それまでの民主主義に基づいた世俗主義からイスラム原理主義に移行するための起点に到着したということなのであるう。

それはイランのルーホッラ・ホメイニーが一挙にイラン革命を行ったのに対し、エルドアンは<非常にゆっくりと革命を細心の注意を払って遂行している>と同書評の中でキャシェッタは指摘している。

エルドアンが内心目指しているのは中東におけるオスマントルコの復活である。それをスンニ派の盟主となって実行することを願っているようでもある。だからエジプトでムスリム同胞団によって支えられたムハンマド・ムルシーが大統領になった時にトルコはそれを真っ先に歓迎した。そのあとシシ将軍が軍事クーデターを起こしてムルシーを拘束し、ムスリム同胞団を弾圧して以来、トルコはシシ大統領のエジプトとの関係は良好ではない。

エルドアンは首相から大統領に移行して行く間にイスラム革命を実行に移している。そのためにエルドアンが大統領になると首相のポストも兼ねるようにして大統領の権限を増大させた。2023年のトルコ建国100周年を大統領として祝うというのがエルドアンの長年の悲願であったが、それも確実なものになった。

エルドアンのイスラム化はキリスト教会を閉鎖する方向に向かい、モスクを増やしていることでも観察される。2002年にエルドアンが首相として登場して以来、モスクは82,000を数エルまでに増加し、その10分の1は最近10年間で建立されたものだという。

またメディアの報道の自由は制限されるようになった。ジャーナリストが逮捕されて収監される数は世界でもトップレベルである。コーランで禁止されているアルコール飲料の販売も次第に難しくなっているという。

女性が頭と髪の毛を覆うベールことヒジャブの女性姿が次第に目立つようになっている。それを奨励するかのごとく、エルドアン大統領の夫人エミネ・エルドアンが外遊先などでテレビ画面で移す姿は、ヒジャブで頭部を覆って現れるのが常となっている。また、以前は議会でヒジャブ姿は禁止されていたほどだ。(参照:es.gatestoneinstitute.orgabc.es

100年前にトルコを建国して世俗主義から欧米に近づこうとしたトルコ建国の父とされているムスタファ・ケマル・アタテゥルクの改革をエルドアンは無効にして行く方向を歩んでいるのである。

またトルコ外交については、トルコが当初シリアに肩入れしていたのはシリアの反政府派からの要請であった。しかし、シリアで同じく反政府派として戦っているクルド人の部隊クルド人民防衛隊(YPG)が発展することは望んでいない。というのも、彼らが活気づくと、トルコ国内で2割を占めるクルド人の独立機運が高まることをエルドアンは警戒しているからである。

米国のシリアからの撤退はエルドアンにとってはYPGを弱体化させる絶好の機会と見た。ところが、YPGは機敏にもアサド政府派に支援を要請すべく、彼らが占拠していた地域をアサド政府派に譲ったのである。これは誰も全く予期していなかった展開であった。今後のシリアにおけるトルコの動きが注目されるところである。

エルドアンの外交はロシアそしてカタールとの絆を尊重しながら、イランそしてアラブ諸国と一定の距離を保っているいる。その一方でパレスチナを擁護してイスラエルとはまた犬猿の仲に戻った状態だ。

対ヨーロッパについてはNATOへの加盟は維持しているが、ロシアと中国がリードしている上海条約機構に加盟してもおかしくない接近をしている。そして欧州連合に匹敵するユーラシア連合への加盟にも可能性はある。

しかし、トルコは外相から首相にもなったダウトール教授の外交理論をこの先も実行して行くように思える。即ち、トルコはヨーロッパ、中東、アジア、アフリカの合流地点に位置している。この置かれたジオポリティカル条件を利用して、どの国にも偏ることなく仲介役を担うことが出来るというものである。それが、ネオオスマンとしてトルコが存在できる方法であるというのである。エルドアン大統領はこの外交理論をトルコ外交の軸にしているように思える。