「都道府県」への違和感 ~ 沖縄基地問題に寄せて --- 藤田 啓介

2019年02月26日 06:00

去る2月24日に、沖縄県で辺野古移設を問う県民投票が実施されました。

結果は反対派が多くなったものの、住民投票の結果として辺野古移設、ひいては沖縄の米軍基地問題が解決されるかは、不透明なままです。

さて、沖縄基地問題ではよく「沖縄県」単位で問題にされることが多いと思います。この県民投票もそうですし、知事選挙の民意を聞け! というものはまさにその象徴かと思います。

しかし、県民投票実施への過程では当初、宜野湾市を始め5市が不参加を表明するなど、沖縄県内でも様々な民意があることが露呈しましたし、基地問題を「県」単位で考えることの意味について、違和感を持っています。

辺野古移設については、そもそも関係の薄い那覇市の民意と、移設先になる名護市の民意、また普天間を抱える宜野湾市の民意は必ずしも一致しないわけで、そうしたものを一括りにして「県全体の民意」として出すことに何の意味があるのだろうかという違和感です。

ということで今回は、「都道府県」という単位への違和感についての話をします。

写真AC:編集部

僕は愛知県出身です。
大学で上京して以来、出身地を紹介するときのお決まりのやり取りに、元々違和感を持っていました。

僕:「愛知県出身です」
相手:「愛知か。名古屋?」

僕:「いや、三河の方です」
相手:「…(あれ愛知って名古屋じゃないんだ)。」

または、

僕:「愛知県出身です」
相手:「おー愛知ね、みそカツとか?尾張弁とかあるんでしょ。」

僕:「あ、それ名古屋(尾張)、愛知の西半分の方で、僕は三河の方、東半分なんですよね」
相手:「…。」

このやり取り、毎回なんですよね。

何より東京の人の中には、愛知県というより、「名古屋県」だと本気で思っている人が多いことは、事実でした(笑)。
何度、名古屋じゃなく、愛知です! と言ったことか。

また、名古屋じゃなく、三河です! と言ったことか。

そうなんです。
同じ愛知県でも、名古屋を中心とした西半分の「尾張」と、豊橋・岡崎・刈谷といった街を中心とした東半分の「三河」は、歴史的にも文化的にも結構違います。

代表的な例は、「名古屋弁(尾張弁)」と三河弁でしょうか。
名古屋市の河村たかし市長が公用でも頻繁に使用することから、時々話題に出ますが、例えば、、、

・庶民革命を応援してちょーよ

・いま今日はつぶやいとらんがやと叱られてまった。ワシ、まだよお分からんし、いま議会のことやらなんやらで頭がいっぱいだで勘弁して欲しいがね

このあたりが特徴的な名古屋弁でしょうか。在名局のテレビなどでは、よく河村市長の記者会見は取り上げられますから、地元にいた時はよく目にしたり耳にしたりしてました。時々、その言葉が「愛知弁」のようにとらえられることがあります。東京の人はその傾向が強いと感じます。

愛知の人はみんなこうした言葉使ってんの? とか、名古屋弁じゃなく、あの「愛知弁」どうにかならないの? とか。

違います(笑)
尾張だけです。
ちゃんと三河弁もあります!

三河弁は、代表的なのは、「じゃん・だら・りん」とよく言われます。

それはさておき、そういった言葉の面でも尾張と三河は違いますし、歴史的にも愛知は一体ではなく、織田信長の尾張と、徳川家康の三河、のように別々の歴史をたどってきました。

(ちなみにいうと、三河の中でも西三河と東三河で分かれます。)

すなわち、「愛知県」とは「尾張」と「三河」という別々の国を、1つにまとめている「行政区分」に過ぎないということです。誤解を恐れずに言えば、行政の枠で区切られた「虚構」とでもいえるかもしれません。

だから僕は、決して「愛知弁」「愛知県民っぽさ」というものは存在しないのだと思っています。

※沖縄県に関していえば、元々琉球王国という一つであったという点で本土の都道府県とは少し異質かもしれません。ただ、こと基地問題というテーマに関しては、県という単位で考えることは、有効に作用しないのではないでしょうか。今回はその問題意識から出発しています。

今、地方創生、地域活性化が叫ばれています。地方がいかに独自の価値を発揮していくか、住民にとって住みよい街を作っていくかを真剣に考えていくべき時に来ています。

僕は、地方に課題が山積であり、将来の存続が危ぶまれ始めている現在の状況を招いた一因は、それぞれの地方の風土、歴史を踏まえないで作られ、その枠組みがそのまま維持された「47都道府県」という現在の行政区分にあるのではないかと考えます。

現在の都道府県の枠組みは、1888年(明治21年)12月、香川県が愛媛県から分離独立して以来ほぼ変わっていないそうです。

中央集権的に一律的に地方をまとめ上げることが求められていた時代には、県同士を統合し、ある程度の数にまとめて統治していく方式は効率的であったのかもしれませんが、それから1世紀以上経ち、日本人の価値観も変わり、生活も大きく変わった今、その枠組みに縛られる必要はないと思います。

愛知県を例に出せば、尾張地区にある愛知県庁(愛知県名古屋市)に勤める人が、三河地区の現状なんてわかるでしょうか。三河事務所なんて、小さな出先に過ぎません。

逆も然りです。三河地区の人が、尾張地区の現状なんてわかりませんし、現地の人に寄り添うことはできないと思います。

そもそも県として観光政策・文化政策をしようとしても、尾張・三河をそれぞれいい感じにまとめただけの、独自性をとがらせたものは出てきません。違う2つを無理やりつなげようとしているだけだから。

(大村秀章知事が就任して以来、東三河に「東三河県庁」を置き、三河の振興を進めているのは、いい取り組みだと思います。裏を返せばそれまでそんなことは行われておらず、問題意識があったということ)

僕の身近な愛知県だけではありません。例えば長野県なんて、松本市を筆頭にした南部の「筑摩県」が、長野市中心の、北側の「長野県」に、筑摩県庁が焼失したタイミングで吸収される形で「長野県」が誕生したという歴史から、長野県民としての一体性を保つために、県歌「信濃の国」が作られているほどです。

兵庫県も、民族・文化も違う国が一つにまとめられたユーゴスラヴィア連邦をもじって、「ヒョーゴスラビア」とも評されるようです。

これからは、それぞれが独自性を発揮していくことが必要だと考えた時、それぞれの地域の実情を把握し、それぞれの地域に合った政策を実行していくためには、その地方の歴史や実情を無視した都道府県という今の行政区分は、少し窮屈な気がします。

「道州制」という都道府県の上の区分のことを議論する前に、そもそも論として、「都道府県」の単位自体から疑ってかかる必要があると思います。

沖縄基地問題を出発点に、「都道府県」の意味について考えてみました。

敢えて冒頭の話に戻せば、基地問題も、「沖縄県」という単位だけで考えると、本質を見誤る気がしました。

藤田 啓介   東京大学4年
愛知県蒲郡市出身の東大生です。地元を盛り上げようと、「蒲郡地域活性化プランコンテスト」を一昨年から立ち上げました。三男日記というブログをやっています。官僚の人事異動に関心を持つ。

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