新元号は旭日・日昇とか元気なものにして欲しい

2019年03月02日 16:00

新しい元号について20ほどの候補に絞られたようだ。なかには中国古典と関係ないものもあるようだ。

宮内庁サイトより:編集部

ぜひとも、脱中国古典にしてほしい。中国の儒教などの思想に基づくものにするのは、宗教の自由の観点からも好ましくない。儒教が宗教というかどうかは微妙だが、宗教としての性格も否定できないからだ。

それから、元気が出るものにして欲しい。平和とか安全を願う年号が多いが、日本に元気がないときだから、平安より活性化の役にたつものにすべきだ。

どうも平成はなんか平安時代風の後ろ向き年号だと最初から思ったが、やっぱり停滞と災害ばかりの散々な30年だった。皇室も皇統断絶の危機で平成という言葉には相応しくない。

もう安らかに日本を安楽死させそうな年号は懲り懲り。明治・大正・昭和・平成と同じ頭文字であるMTSHは避けたいということになっているからAIUEO、それにKNYRWZBなどからだろう。

いっそう、『旭日元年』とかしたらどうか。どっかの国の反応が楽しみになっていいのではと提案しておこう。『日昇』なんていうのもいい。『元気』『躍進』とかだっていいかも。

元号をいつ発表するかで、新陛下になってからでないとおかしいので、するべきでないとか、もっと早くすべきだとか論議が盛んだ。私はもっと前に発表すべきだと思うが、保守派の気持ちも分からないわけでない。

実際、私のような物書きも困っている。5月1日以降のことを書くのに、どう書いていいか困るからだ。平成のときは、昭和天皇がいつ崩御されるかわからなかったので、たとえば、「昭和64年5月1日に予定されている」と書いて、結果的に新年号になっていてもよかったが、今回は、「平成31年5月1日に予定されている」とは、そんな日はないのだから書けない。そこで、私も書籍などでほとんど年号は使わず西暦で書くことになっている。

年号を守る側が逆にその形骸化を促しているのである。

たとえば、5月1日からは、正式には新年号だから、実務的には平成のままにしてもいいという法律でもつくってもよかったのでないかと思う。細かく言えば、平成は1月8日からで、1月7日の半分は今上陛下だが昭和だったのだから同じなのである。

しかし、つくづく思うのだが、生前の御退位(法律的には譲位でなく退位。譲位と呼ぶことは江戸時代以前の譲位と同じ性格のものだということになるのでやや疑問。少なくとも譲位と言わねばならないというのはおかしい。ただ、皇室に対する敬意は表したいから御退位ということにしている)などということを思いつきでわずか三年の準備期間でやるからややこしい問題が出ている。まず、摂政でダメなのか、問題もあろうから、しっかり利害得失を何年かかけて検討してから決めるべきだった。

最初のときから私は指摘していたのだが、陛下が退位したいというのは、あくまでも陛下の問題提起であって、政府・国会が白紙で検討すべき問題だ。その意味でも『立派すぎるお言葉』は拙速な結論となりよくないことになるというのは、お言葉当日から私が指摘していたことであるが危惧がいろいろ当たってしまった。

参考:「元号」と「年号」は同じなのか?「明治」というのは、明治天皇が即位してその後の在位期間の名称を指し、「元号」は、ある年を元年と決め、紀年数だけを指す場合に使わるとかされる。法律的な元号である。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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