真珠湾攻撃はローズベルトの罠だったのか

2019年03月03日 06:00

些か旧聞に属するが去年9月2日産経新聞は、トランプ大統領が安倍首相に「真珠湾攻撃を忘れないぞ」と発言したというワシントン・ポスト紙の報道を全面否定する首相インタビューを載せた。首相は「全くの誤報だ」とそれを否定した。

炎上する真珠湾上空を飛行する九七式艦上攻撃機(Wikipediaより:編集部)

真珠湾攻撃を“ローズベルトが仕掛けた罠”とする陰謀論は戦時中から米国共和党を中心にあった。その理由として知られるのは、彼は欧州戦争への不参戦を公約に大統領になったが、チャーチルから瀕死の英国を救うため参戦を懇願され、対日戦という裏口から参戦したという、いわゆる「back door論」だ。

41年春から本格的に始まった日米交渉で日本は近衛首相とロ大統領との会談提案や甲案乙案での中国・仏印撤兵まで譲歩した。が、通商条約破棄、鉄屑禁輸、石油禁輸そして日本資産凍結と徐々に日本を締め上げ、11月26日のハルノートで遂に米国は日本に矛を取らせることに成功したという訳だ。

東京裁判の判決で日本無罪論を展開したインドのパル判事はハルノートについて「モナコ公国のような小国でさえ、これを突き付けられれば矛を取って戦うであろう」と書いた。パルの言は日米交渉の過程や甲案乙案の中身を精査した上でのことであり、それらに対する回答としてのハルノートを米国による最後通牒と見做したに他ならない。

が、日本の考えが甘かったことも紛れなく「太平洋戦争、こうすれば勝てた」という日下公人と小室直樹の奇想天外な対談本の中で、日下は「オランダにだけ宣戦布告してスマトラを取れば良かった」と述べる。日本は石油が欲しいだけだし米国世論は不参戦が大勢だ、この程度でローズベルトは対日参戦できっこない、だから真珠湾攻撃など必要なかった、という意味だ。

フランクリン・ローズベルト(Wikipediaより:編集部)

結局、日本は必要もないのに米国に宣戦布告し“ローズベルトの仕掛けた罠”にまんまと嵌ったのだが、それには暗号の傍受解読が大きく関係していた。これからの戦争はサイバー戦といわれる。が、アナログながらもあの頃だって情報戦が死命を制した。

当時の日本は暗号を三種類持っていた。外交暗号二種と海軍暗号一種だ。前者の一つはパープルという名で知られ、その解読文を米国はマジックと呼んだ。他はJN-19という。三つめが海軍暗号のJN-25だ。

パープルが日米交渉中から米国に解読されていた話は有名だ。日本の甲乙案が米国によって悪意を以って誤訳されていたことが、東京裁判に日本側弁護人が提出した証拠によって明らかにされからだ。パルも判決文で次のように述べてこの誤訳を難じた。

確かに電報の起案者は、大使に訓令を送るにあたって、“いま一度交渉継続を賭す”というようなことは考えていなかったのである。彼の通信文にはそんな射幸的なものや、また何ら駆け引き的な精神はない。事態の重要性に対する彼の認識、交渉が本当に打ち切られたままとなった場合の、自国の運命に対する彼及び閣僚全員並びに統帥部によっても同様に感じられていた深刻な憂慮の表示、その誠実さ、これらが全部傍受電文では失われているのである。

一方、海軍暗号JN-25を米国が解読していたかどうかは永らく不詳だった。が、筆者が最近読んだ「アメリはいかにして日本を追い詰めたか-米国陸軍戦略研究所レポートから読み解く日米開戦」(草思社文庫)というJeffrey Recordなる米国人が書いた本の解説で、訳者の渡辺惣樹氏が載せている参考文献の中にそのJN-25に触れている論文があった。

それはTom JohnsonというNSA幹部が2000年前後に書いたと思しき「What Every Cryptologist Should Know about Pearl Harbor」という論文で、NSA(米国国家安全保障局)が2007年に公開した。渡辺氏がそのURLを載せていたのでアクセスしてみた。

そこにはJN-25を英国が41年11月頃までには解読し、チャーチルが11月26日(偶然にかハルノートの手交日)にローズベルトに真珠湾攻撃の可能性を伝えたとある。米国によるJN-25の解読は42年2月とも書いてある。これはローズベルトが真珠湾攻撃を事前に知っていたことの極めて有力な証拠だ。

加えて、42年6月のミッドウェー作戦がパープルとJN-25の解読で米国に筒抜けだったと知れる。この海戦では米国爆撃機が我が連合艦隊空母群に向けて急降下を始めた時、その甲板には今まさに飛び立とうとして魚雷や爆弾を装着しつつあった日本軍機が満載だった。

「日本軍機がもう五分早く発進していて、甲板上の魚雷や爆弾の誘発がなければ、拙い米国軍機の攻撃で日本の空母が沈没するはずがない」とは先の本での小室直樹の言だが、確かに戦術上はその通りかも知れない。が、日本の作戦が敵に筒抜けになっていた訳だから戦略上すでに勝敗は決していた。

真珠湾攻撃をローズベルトが知っていたことは以上によって明らかだろう。が、米当局が入手していた攻撃情報をハワイの太平洋艦隊司令長官キンメル提督とハワイ方面陸軍司令官ショート陸軍中将になぜ伝えなかったかという件については永い争いが米国にある。

95年4月に米上下両院は真珠湾攻撃に至るまでの状況を調査する小委員会を発足させた。真珠湾攻撃の責任を負わされたキンメルとショートの遺族が二人の汚名を雪ぐべく、上下両院に対し両司令官に日本軍の決定的な電報傍受記録が通知されなかったことの調査を要請したからだ。

が、95年12月の調査報告書は遺族の期待を裏切る内容だった。報告は「ローズベルト大統領、マーシャル将軍またその他の高官が、米国を戦争に導くため真珠湾を日本の攻撃に曝す計画もしくは陰謀の一部として、キンメル提督とショート将軍をその情報から意図的に遠ざけていたと説得できる歴史的記録は何もありません」とした。

Johnson論文の主題もそれに関係している。その理由の一つに米当局を擁護する「騒音論」がある。暗号解読技術はあるが、過多になった情報を分析整理してトップに伝え切れなかったという論だ。一方の当局批判論は先述の「陰謀論」でありその主役は「back door論」だ。

が、その脇役にも筆者は米国の恐ろしさを垣間見る。それはキンメルとショートに伝えて真珠湾に防御体制を取らせれば、暗号解読のことが日本に露見して、その後の戦争で真珠湾とは比較にならない被害が出る。よって、真珠湾には大事の前の小事として目を瞑るという遠大な戦略だ。

筆者は以前Venona(ヴェノナ文書)という、米国が30年代から80年代まで半世紀にわたってモスクワと在米ソ連公館との間の暗号電報を傍受解読し続けていたことを書いた英書を約1,000時間掛けて原稿用紙1,000枚に翻訳したことがある(邦訳本が出ていることを知らなかった。トホホ)。

大統領顧問のアルジャー・ヒス(ヤルタ会談にも随行)らが離反スパイの証言で告発されたものの、その多くが証拠不十分で無罪になった。ヒスらを明確にソ連スパイと特定していたVenonaを証拠提出していれば有罪に出来たはずを、その存在を秘したことで彼らをみすみす無罪にしたりソ連に逃亡させたりしたのだ。

Venonaの公開はソ連崩壊後だが、もしも当時公開してしまっていたら、その後の冷戦期、例えばキューバ危機などを果たして米国が乗り切れただろうか。米国が大事の前の小事に目を瞑る国という意味で真珠湾とVenonaの話は通底すると筆者は思う。

最後に後日談。冒頭のトランプ発言の続報で二日後の産経新聞は、発言があったのは4月18日のゴルフの時で「日本は、米国を叩きのめすこともある強い国じゃないか」と真珠湾攻撃を持ち出してジョークを述べたが、日本を脅かしたり不快感を示したりした訳ではなく、むしろ日本を称賛する文脈だった、との政府高官発言を報じた。

これなら筆者の腑にもストンと落ちる。もしまたトランプが「真珠湾攻撃を忘れないぞ」などと言ったなら、安倍首相は「Me too」と返したら良い。トランプが歴史通ならますます「シンゾー畏るべし」の思いを強くするに違いない。

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