母校の卒業式が「沖縄の成人式なみ」と揶揄された件

2019年03月04日 16:30

ネットでこんな記事がバズってた。

これは強い!(笑)偏差値71・札幌南高校の卒業式が流石すぎる「※北海道有数の進学校です」 

私と、母と弟の母校、札幌南高校の卒業式に関する記事だ。そうか、今もコスプレ卒業式をやっているのか。私の頃は、クラスを代表して卒業証書をもらう学生がコスプレをしたり、パフォーマンスをしたりという感じだった。

Twitterでは「沖縄の成人式なみ」と揶揄する声もあり。いや、これはさすがに沖縄の成人式に失礼ではないかとも思い。

別に羽目を外すのが自由だとは言わないが、とはいえ、自由なイベントが残っていたのは嬉しかった。そう、母校は「自由」な高校として知られていたし、実際、入学してみたら自由だった。もっとも、「自由とは何か?」という

幼い頃から制服というものが嫌いで。幼稚園の割烹着もそうだが、中学校に入って、ダサい制服に嫌気がさし。とにかく、先生というものが嫌いで。もっというと、集団行動が苦手で。少年野球にも部活動にも馴染めなかった。「自由になりたい」とにかくそう思っていた。

札幌南高校に進学したのは、自由になりたいと思ったからだった。もちろん、当時、夢見ていた、ジャーナリストや大学教員になるための一歩になりそうだと思ったし、一橋大学で社会学を学ぶという夢を叶えるためでもあった。

実際、札幌南高校は自由だった。制服はなし。校則もほぼなし。高校なのに休講もあり。まあ、思ったよりもみんな、受験勉強をしていて、北大合格一直線的なのりもあって、ややひいたりもしたけれど。みんなの個性も強かった。だから、楽しかったかというと、単純にそうでもなく。ただ、一橋大学に入って、みんなおとなしいな、まるで高校みたいなところだなと思ったのは、この「大学みたいな高校」による影響は大きく。

高校時代の私。お年玉を貯めて買ったショットのライダースジャケット、メタルTシャツ、ブーツで登校する日々だった。ロックと読書にまみれていた。

周りの個性に圧倒されていたのだけれども、いま、同期たちと会うと「近寄りがたい雰囲気だった」「君の方が個性が濃い」などと言われ。そういえば、同居していた祖母は高校に入ったころから「陽平は不良になった」と私のいないところでは言っていたそうだ。同じ高校に通う弟に最近、聴いたのだが普段の食卓でも過激な話しかせず、とにかく反権力、反体制で、部屋ではメタルを爆音でかけるので本当に迷惑だったという話をされ、色々考えた。

昨年、高校の同期たちと、同窓会会報誌で、「自由」について議論する機会があり。実に1.4万字くらい、外交官、他大の教員と一緒に語り倒しているので、余裕のある人はぜひ読んで欲しい。

大放談…。

私自身は、「自由とは何か?」という問いとずっと向き合っており。また、キャラの濃い人と対峙したときにどうするかという問いにも。

10代の頃からずっと髪を染めているし、好きな服を着て仕事しているし、自由な時間を過ごしているのだけれども、自由になれた気がしただけなのだな、それは。そして、物書き業界にいると、また政治家や経営者などと対峙すると、自分のキャラが大変に薄く感じ。

どこにもいられない。

そんな気持ちで毎日を生きている。

2019-02-23 17.51.00
娘には私よりもずっと、自由に、キャラ濃く、生きてほしいんだな。さらに私以上にかわいく、かしこく、面白く。

というわけで、人生は続くのだ。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2019年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部准教授

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