時代変遷のど真ん中

2019年03月05日 14:00

新元号の話題が飛び交うようになり、そうそう経験できない大きな時代の移り変わりの日が迫ってきました。平成という約30年をどう振り返るか、今後これまた話題になるでしょう。そして次の時代は平成を糧にして躍進することができるのでしょうか?

平成の大きな潮流の一つがウィンドウズ95で開花したパーソナルコンピューターとの接点でしょうか?あれから25年も経ち、コンピューターが人類の生活や経済活動に深く浸透して来たのが今日です。ただし、今まではコンピューターを使うという立場だったと思います。今後はコンピューターに使われる、こんな世界がやってくるかもしれません。その時、我々はヒューマンタッチの欠如に哀愁を感じるのかもしれません。

最近、カナダ国税から納税額が間違っているから追加で〇ドル払え、という通知が来ました。なんでだろう、とよく考えたら本来なら非課税で申告しているのに間違って少額の税金を払った事実があったことでコンピューターが非課税か課税か判断できず、課税対象だろうと判断したようです。昔なら電話がかかってきて確認して終わりだったのに間違った追徴を取り消す作業をしなくてはならず、逆に面倒になってしまいました。

かつて時間貸し駐車場の運営をやっていた時、タッチの差で駐車料金が上がってしまう時がありました。客から「並んでいる間に時間が経った」とか「駐車場から出るために走行する時間は考慮しないのか」などあの手この手の「交渉」を迫られます。そこで我々は5分間のグレースピリオド(猶予期間)を設け、駐車場のスタッフの裁量としていました。その駐車場が自動券売機方式になってからは機械が相手ですから価格交渉はできません。仮に1分でも超過は超過。これに対して文句を言う人はあまりいないように見えます。機械に腹を立ててもしょうがないということでしょうか?

日経ビジネスが創刊50周年で様々な特集を組んでいます。その中でかなり読みごたえがあったのが「敗者の50年史」。特にバブルとその崩壊の人生喜怒哀楽が語られていて大変懐かしく、そして、こんなことも許された時代がついこの前まであったのだ、と感慨深いものがありました。

写真AC:編集部

ある意味、平成の30年間と日経ビジネスの50周年、そして私を含めたこのブログのリーダーの主年齢層が感じるものは共通項があると思います。ノスタルジーなのでしょうか?

バブルの時代に無茶苦茶をやって成功した人たちは「人の欲望の隙間」をついたアイディアが全てだったと思います。絵画ビジネスやゴルフ場の会員権、あるいは銀座の高級クラブに見られるのは会社を踏み台にし、社費で落とし、肩書が上がると共におまけがいっぱいついてくる飴の仕組みをうまく取り込む仕組みでした。甘い汁という隙間をかなりきわどい人たちが暗躍し、政治家も共存共栄だった人間臭い時代でした。

その日経ビジネスの特集にさすがの私でもえっと驚く暴露をしたのは麻布自動車グループ会長の渡辺喜太郎氏。「大蔵大臣もやった議員には盆暮れに2000万円ずつ持って行ったね。『今年も当てにしていいですか?』と言って。議員は100万円10束、200万円5束に分けていた。政治家に配るのかと思ったら役人に渡すんだって。『役人は政治資金がもらえないからだって』」。すごい時代でした。

人間臭かった時代はある意味、面白かったとも言えます。今は機械的な判断を求められます。YES、NOが明白になり昔炊飯器の機能にあったファジー(あいまい)という思想は排除されます。しかし、YESとNOの判断を分布曲線にすると必ず、中間が存在します。「こういう条件ならYES」とか「ほぼNOだけど」という層です。このあいまいさがなくなってきたのが現代社会であり、最近の国会で野党が様々な追及するシーンも究極でなくてはいけないという発想が基本になっています。

コンピューターに支配される世界とは人間がギスギスする社会の到来を予見させなくもありません。我々が新しい時代に向かって必要なのは案外最も人間チックな愛とか友情、人間味といった弱さや脆さを補い合う関係になるかもしれません。

これから2カ月、皆さんも折に触れて時代の移り変わりを考えて見てはいかがでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年3月5日の記事より転載させていただきました。

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