第2回米朝首脳会談からトランプが席をたった本質的理由

松川 るい

2月27日、28日に開催された第2回米朝首脳会談、結局合意なしに終わった。正直、この結果は予想外だった。

今回の首脳会談前の準備の協議は、ポンペオ訪朝が2回、キム・ヨンチョル訪米1回、ビーガン訪朝1回の4回だけなので、いわゆるビッグディールというか大きな成果が出るとははなから思っていなかったが、部分的合意(スモールディール)はあるのだろうと思っていた。もともとは、米国も北朝鮮もそのはずだったと思う。そうでなければ、わざわざ金正恩は2日もかけてベトナムに来ないし、トランプだってわざわざ合意の見込みもないのに意気揚々とベトナムに乗り込まない。

ホワイトハウスFB動画より:編集部

2人とも、騙された気分で帰路についたのではないかと推察する。特に金正恩委員長は落胆が大きかっただろうし、今後の戦略をどう見直したものか考えあぐねているに違いない。

首脳会談直前に書いたブログでの私の予想を検証してみると、制裁解除が北朝鮮にとっての喫緊の課題であることや北朝鮮が非核化する気がないことなど合っていることが多いのに、なぜ今回の結果を予想しなかったのかといえば、①米国が北朝鮮を非核化させるというコミットメントは私の予想よりもずっと高かった(日本にとっては喜ばしいこと)、②双方の立場のギャップが大きいことを事前にわかっていながら首脳に成果なしの可能性の高い交渉をさせることを(米朝ともだが特に北朝鮮の側が)許容しているとは思わなかったということにある。

全ての情報が明らかになっているわけではないが、米朝の発表を総合してざっくりいえば、北朝鮮は寧辺核施設の廃棄(米国査察の下)と引き換えに実質的には殆ど全てに当たる安保理制裁解除を求めた(件数でいえば11本中の5本)のに対し、米国は安理制裁解除というなら、寧辺廃棄のみでは無理で少なくとももう一つの施設(カンソン?)を含めよと主張したが北朝鮮は寧辺以外を廃棄する用意がなかったとのこと。つまり、互いがオファーしたディール内容が見合わなかったということだ。ただし、それはそのとおりなのだが、もう少し深い意図もあると思う。

1.米国の北朝鮮非核化コミットメントは高い

今回米朝が合意できなかった、というか、米国が妥協せずに交渉のテーブルから立ち去った本質的理由というべきだと思うが、それは、米国(というかトランプ大統領)が、北朝鮮が全面的な核放棄を最終的にする意思がないことを改めて思い知ったからだと思う。

今回、北朝鮮は、安保理制裁の全部解除と寧辺廃棄という「高めのタマ」を投げてみたが、これは「打ち出し」だったであろうから、当然、5本全部じゃなくてもいいと妥協案は交渉の中で提案した可能性は高いし、ディールだけ考えれば、米国は寧辺廃棄に見合うレベルの一部制裁解除で合意するという手もあったと思う。

が、そうせずに席をたったのは、北朝鮮が全面核放棄を最終的にする覚悟ができていないことがわかったために(または、米国が許容できるレベルの核削減をする覚悟がないとわかったために)、やはり、改めてその意思をまず砕き北朝鮮に核放棄を覚悟させねばならないと考えたからだろう。核放棄意思がない場合、段階的な制裁解除は非核化プロセスを進めることにはならず、結局、核温存を許すことになるからである。

他方、北朝鮮からすれば、米国の脅威にならないレベルであれば、核保有を事実上容認させることは不可能ではないと思っていたのではないか。それが透けて見えてしまったのだ。

「(米朝では)『非核化』の意味が違ったようだ」ということをトランプ大統領が記者会見で言っていたのはそういう意味だ。

もともと、最初、米国は all for all(北朝鮮が全ての核ミサイルを放棄をすれば、制裁解除から平和条約から経済援助までの全てを与える)という立場だった。しかし、それでは上手くいかないことが分かったため、北朝鮮が主張する、段階的非核化というか行動対行動という方法論に乗ったのだが、あくまでも目的は北朝鮮の保有する全ての核兵器の放棄だった。

つまり、廃棄自体は段階的であったとしても、究極的に行きつく先は北朝鮮からの核兵器の完全な除去ということだ。行きつく先が同じであれば、そこに行きつくための方法論が、all for allだろうと部分合意の段階的積み重ねであろうとそう大きな問題ではない、所詮は方法論だ。しかし、目指すところが異なるとすれば、ことは厄介だ。

事前の様々な分析において、米国は自国の安全さえ確保されればよいので安易な合意をするのではないかとの懸念があったが、今回、米国は北朝鮮を非核化する強い意思があることがわかったことは良かった。また、制裁が効いているということもよくわかった。もっとも、今回のトランプ大統領の記者会見においても、「核兵器1つたりとも認めないということか」と聞かれ、「交渉に影響するので答えたくない」と述べているとおり、米国が北朝鮮の最後の一つの核兵器が除去されることまで必要と考えているかどうかはわからないところはある。少なくとも、北朝鮮がやる用意のある核削減レベルが、米国の許容範囲でなかったことは確かだろう。北朝鮮は、制裁解除を得るためには、少なくともほぼゼロレベルの核削減の覚悟が必要だ。

2.首脳でしかできない交渉のジレンマ

もう一つ、元外務官僚として一番最初に「首脳会談決裂」というニュースを聞いて違和感に感じたのは、これほど大きな立場のギャップがあることが事前にわかっていなかったはずはないのに、なぜこうも楽観的なムードで大した事前準備もなく首脳会談が行われることになったのだろうかということだった。

事前準備を通じて首脳会談においてでも解消しきれないギャップがある場合は、成果が得られる可能性が低いのでそもそも首脳会談を開かない(時期尚早)。

または、それにも関わらずあえて首脳会談を開くのであれば(立場の隔たりが大きくとも突破口を求めて首脳会談を行うことはあり得る)、そもそも成果なしとなる覚悟で臨むものだ。たとえば、日ロの領土問題の交渉などは典型例だと思うが、山口会談は、安倍総理もプーチン大統領も具体的成果が得られる見込みが低いと認識しながら、それでもなお一歩でも前進させるために臨んだ。

しかし、今回の米朝首脳会談はそのような覚悟があったように見えない。少なくとも、北朝鮮側にはなかったと思う。1日目の両首脳の満面の笑み、北朝鮮にいたっては、大々的にベトナム訪問を報じ、1日目の米朝首脳会談もトップニュースで取り扱っていた。あのような国で、成果が得られない可能性があると認識している会議について、こんな宣伝はするはずがない。金正恩はあきらかに、何等かの成果を得て凱旋帰国する腹積もりだったのだ。

大統領戦を控えるトランプ大統領とて、成果なしかもしれない首脳会談をするつもりはなかっただろうし 、もしもそのリスクがあると思っていたら、あれほど能天気なツイートはしていなかったのではないだろうか。

他方において、ポンペオ長官やキム・ヨンチョル氏が事前協議する中で、これほど大きな立場の違いがあるということについてわからなかったはずはないし、当然首脳に報告していたはずだ。おそらく相当難しい交渉になるので首脳会談は時期尚早ではないかぐらいのことは言っただろう。

他方において、この大きなギャップはいくら協議を続けても事務方で埋められるものではなく、それができる可能性があるのは、首脳同士の直接協議以外にはないという判断もあったであろう。

これらを前提として推測すれば、両首脳とも自分の能力を若干過信したのではないか。トランプ大統領は、交渉の天才の自分なら金正恩を直接説得できると思い、金正恩委員長は、トランプ大統領は自分なら手の上で転がせると思ったのかもしれない

実は、最初にニュースを聞いた時には、こんなにギャップがあるなら首脳会談なんてするべきじゃないだろう、事務方の準備が足りなさすぎると思ったのだが、改めて、数日たって振り返ってみた今、少し考え方が変わった。

ったギャップは、事務方でいくら詰めても埋まらないレベルのものだった。国内でのそれぞれの立場が弱体化しないように期待値コントロールはもっとすべきだったと思うが、首脳レベルでしかできない交渉だったのも事実だろう。結果的には、合意なしに終わったが、それでも首脳レベルでもう少し踏み込んだ理解が得られたことは間違いない。外交による解決を目指すなら首脳会談は続ける必要がある。

なお、同時に行われた米議会におけるロシアゲート公聴会がトランプ大統領の交渉態度を安易な妥協ができない方向に影響した可能性はあるが、本質的なことではないと思う。いずれにせよ、重要な国際交渉に自国のリーダーが臨んでいるときに、後ろから弾を打つようなことをするのは国益を害する「反則行為」ではないかと思う。「民主主義」の限界かもしれないが、残念なことだ。

3.今後

アメリカは北朝鮮を難しい場所に追い込んだ。北朝鮮のチェソンヒ氏が「金正恩委員長は米国と交渉する意欲をなくしたかもしれない」ということを述べていた。これは米国に対する牽制球であることは当然として、実際問題、事実上の核保有をあきらめておらず、また、今回の米朝首脳会談から手ぶらで帰ることになり、国内的に失敗のリスクをもう一度とることが極めて難しくなってしまった金正恩委員長からすれば、完全非核化に向けて米国と交渉を続けることが王朝継続に得策なのかどうか迷いが生じていることも事実だろう。

北朝鮮は、現在、新たな状況を踏まえて戦略練り直しをしているところだろうが、この先のオプションは、

①米国には最終的には逆らえないので、本当に北朝鮮にある核兵器の全ての廃棄する覚悟をする。その覚悟を示すために全核ミサイル施設の申告をする。ただし、米国は信頼できないので、段階的かつ同時行動にする。これにより、制裁を段階的に解除させる。

②中国に頼って、制裁逃れができるようにした上、トランプ政権をやり過ごす。南北ファーストにおいて全くぶれのない韓国ムンジェイン政権からの支援も引き出す。

所詮、トランプ大統領の任期は数年であるのに対し金正恩委員長はあと30年王様である。ただし、この場合、よりひどい状況(より強硬な大統領)が待っている恐れもある。また、米中関係が冷戦状態となっている中、何とかして米国の圧力を逃れたい中国としては、北朝鮮の肩をもって米国を怒らせるつもりはないので、中国に過度な期待はできない。他方において、中国が引き続き北朝鮮の「後ろ盾」であり続けることには変わりない。

日本にとっては安易な妥協がされなかったことは良かったとも思うが、一方で、現時点においては、北朝鮮の脅威は何ら減っていないわけで、このまま米朝協議が停滞したままでは困る。米朝プロセスそのものが破綻したわけではない。交渉戦略練りなおしの中で、日本の役割も出てくるかもしれない。それにつけても、日朝の間に首脳に直結した水面下でコミュニケーションができるパイプが必要である。


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏の公式ブログ 2019年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。