日産自動車のガバナンスから前会長の取締役会出席不許可決定を考える

3月11日の各メディアが報じるとおり、保釈中の日産前会長が3月12日の日産取締役会に出席できるよう地裁に許可申請を行ったところ、東京地裁は出席を許可しませんでした(準抗告も棄却とのこと)。ご承知のとおり、前会長さんは日産の取締役として、取締役会に出席する義務があるわけですが、保釈条件として「出席には地裁の許可を要する」とされておりましたので欠席には正当理由がある(善管注意義務違反には該当しない)、ということになります。

日産サイトより:編集部

「3月8日に、前会長が出席の許可申請を出した」と報じられた際、私は特別な事情がないかぎり、許可決定は出るだろうと予想しておりました。といいますのも、「証人威迫のおそれがある」「利害関係人と接触するおそれがある」といった刑事手続の公正性を害するような危険性の有無で(出席の可否を)判断するのであれば、たとえば弁護人を同席させることで危険性を低減させたり、取締役会の議長の議事進行権によって一部の審議から前会長を排除することで足りるものと考えたからです(実際、弁護人から「同席」に関する提案は出ていたようですね)。

私見としては、刑事手続の公正性確保は、日産の取締役会の運用によって担保することは可能だと思いました。たしかに産経新聞ニュースが伝えるように、日産の反対理由として報じられているところは、(1)前会長は取締役を解任される予定で出席の必要がない(2)事件関係者が出席するため、証拠隠滅の恐れがある(3)議事進行への圧迫となる可能性がある、とのことだそうです。

しかし、これらの理由にはどうも違和感をおぼえます。①そもそも取締役を解任するのは株主総会なので、日産の経営陣が「解任の予定」というのは理由にならないですし、②前会長は、もはやルノー、日産とも指揮命令系統からはずされていますので証人を優越的地位によってコントロールできる立場にはありません。さらに③前会長は、現在、取締役会議長ではありませんので、現議長が議事進行権を行使すればなんら証人圧迫のおそれもないはずです。

なによりも、ここに記載された日産の反対理由を前提とするのであれば、そもそも「出席を許可制とする」という扱いではなく、はじめから「取締役会への出席禁止」という保釈条件を付していれば足りるはずです。

この10年間の日産におけるガバナンスが(事件発覚後に)何ら語られてこなかったにもかかわらず、前会長が保釈されるや否や「証人威迫のおそれ」とか「取締役会の議事が混乱する」といわれても、どうも唐突感が否めません。世間で作られたイメージだけで「証拠隠滅のおそれ」があるということになってしまうのでしょうか(むしろ事件発覚までの10年間にマスコミの作り上げたイメージはとてもクリーンだったように思います)。

ただ、それでも今回の出席許可申請に対して日産側から「取締役会の議論に影響する」との理由で反対意見が出された重みはありそうです。つまり、日産側としては

①今回の取締役会では、前会長の解任に関する(臨時株主総会への)上程議案に関する審議が行われる予定であり、前会長が決議だけでなく審議にも加わることことになれば「会社法369条2項に基づき、特別利害関係人による審議への参加は議案に影響を及ぼしかねない」と判断されること

②日産は社内調査の結果に基づき、前会長に対する損害賠償請求を検討しているところ、このような状況において前会長が出席したとしても、そもそも自己の利益よりも会社の利益を尊重して審議に参加すること(取締役としての善管注意義務を尽くすこと)が期待できない状況にあること

③すでに保釈中である前代表取締役のグレッグ・ケリー氏も、同様の理由から取締役会には欠席していること

等から、反対意見が出されたのではないでしょうか。そうであるならば、地裁はこの日産の自律的判断を尊重せざるをえないと考えます。

もちろん、特別利害関係にあり、また会社側と利益相反状況にある取締役も、会社側が積極的に出席を要請すれば、すくなくとも審議には出席が認められるはずです。しかし日産側は保釈された前会長に説明を求めるような意思は全くないことが明確になりました。

つまり、このたびの地裁の不許可決定は、こういった日産側の自律権を尊重したうえで(日産側からの反対意見が出されたことを重視して)判断されたものと考えます。

未確定報酬の開示や損失の付け替え、知人への資金援助とは別に、あまり起訴事実とは関係のないような前会長の不適切行為に関する報道が諸々出されていましたが、それらは日産と前会長との民事賠償の請求根拠にはなりうる、という意味において、このような場面で意味を持つように思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年3月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。