伊藤忠とデサント、「ガバナンス・コスト」はどちらが負担するのか?

山口 利昭

すでに報じられているとおり、伊藤忠商事によるデサント株式へのTOBが成功し、伊藤忠はデサントの40%の株式を保有することになりました。伊藤忠の思惑通りに買付けが進んだわけですが、大企業による敵対的TOBが成功した例は極めて珍しいそうです(たとえば朝日新聞ニュースはこちらです)。

Wikipedia、デサント社サイトより:編集部

昨日(17日)、TOB成立後としては初めて、両社が今後に向けての協議を行ったそうですが、デサントの創業家社長さんは退任する方向で協議が進められていると報じられています(産経新聞ニュース)。

今後はデサントの取締役会の構成をどうするか…、といったところで双方の意見に食い違いがあるようですが、私がもっとも関心があるのは「今後、デサントの経営に伊藤忠が主導権を握るのであれば、そのガバナンス・コストはどっちが負担するのだろうか?」という点です。

友好的なM&Aであれば(円満な協議によって)コストは双方が負担し合い、またそれほど大きなコストにはならないと思います。しかし、今回のように敵対的TOBによって経営支配権が変わる場合(40%の株取得→経営陣の交代)、従業員の多くも経営権交代に反対を表明しているわけですから、伊藤忠の経営方針をデサントに浸透させるためには多大なコストがかかるはずです。

たとえば新たな経営陣の人的資源(報酬を含めた)の投下、PMIの実効費用(通常は100日プランと言われていますが)、(TOBに反対を表明している)従業員とのコミュニケーションコスト、デサントの経営の「見える化」に向けた内部統制コストなどです。デサントは一貫してTOBには反対を表明していますし、また両社の企業規模には相当の差がありますので、おそらく伊藤忠側でガバナンス・コストを負担するものと思います。

ただ、そうであるならば、これだけのガバナンス・コストを負担してでも、デサントと伊藤忠に資本コストを上回るだけのシナジー効果があることを説明できなければならないはずです。伊藤忠経営陣による威圧的な買収と(いまでも)囁かれているわけですから、そのあたりの合理的な説明がなければ「過去の遺恨による『弱いものいじめ』にすぎなかった」と言われてしまう気がします。

今年6月には政府(経産省)からグループガバナンスの実務指針が公表される予定です。積極的なM&A戦略が進む日本企業において、いままで「手つかず」だったグループガバナンスの在り方が示されるわけで、今回の伊藤忠、デサントの攻防も、TOBや株主総会が終了した後も、様々な面で世間の関心の的になるものと予想しています。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。