点字ブロックを考案した日本人

2019年03月21日 11:30

息子が「Seiichi Miyakeを知っているか」と聞いてきた。当方は知らないと答えると、「グーグルを開けば、Seiichi Miyakeのことが紹介されているよ」という。日本のことを聞かれて「知らない」と答えるのは少々マズいと思いなおし、PCのスイッチを入れた。グーグルの最初のサイト(3月18日)に Seiichi Miyake が考案した点字ブロックの絵が載っていた。ちなみに、2010年以来、3月18日は「点字ブロックの日」という。

三宅精一(ウィキぺディアから)

多分、知らなかったのは欧州に住み、現代の浦島太郎のような存在となった当方だけで、多くの日本人にとってはよく知られた人物だったのだろう。弁解になるが、三宅精一が56歳の若さで亡くなった1982年には当方は既に欧州に住んでいた。同時に、素晴らしい日本人の存在を全く知らなかったことを恥ずかしく感じた。

少し、三宅精一のことをサーチした。岡山で旅館を経営していた時、友人が目の病気となって苦しんでいるのを見て、友人が路上に出ても安全に歩けるようにと点字ブロックを考案したという。グーグルの最初のページには、溝がついた舗石の上を杖で歩く視覚障害者が描かれていた。その点字ブロックはウィーンでも見たことがある。日本人の三宅精一が考案したものだ。

三宅が考案した点字ブロックは1967年、彼が住む町の盲学校近くの交差点に世界で最初に設置された。三宅はその後、全国の市町村約4000に点字ブロックを寄贈したという。三宅が考案した点字ブロックは盲人主導システム、車両運行境界線システムと呼ばれているという。

点字ブロック(Wikipediaから)

当方は2014年夏、右目が網膜剥離になって手術した。もう少し病院に行くのが遅ければ失明の危険があった。その後、同じ右の眼が白内障になって手術をした。幸い、今は本を読むのが億劫になったぐらいで、日常生活には問題がない。あえていえば、PCを長時間利用すると、光の影響で目が疲れやすくなったぐらいだ(「SF6ガスの揺れる視界」2014年8月3日参考)。

三宅精一は目の悪い友人のために点字ブロックを考案したという話を知って、驚くとともに、なんと素晴らしい日本人がいたのだろうと改めて思った。当方は目の悪い日本人の一人として三宅に感謝したい。

三宅は1926年生まれで82年7月、慢性肝炎のため56歳の若さで亡くなった。三宅の伝記を知らないので何も言えないが、三宅は目の悪い人々のために多くの恵みを残して短い生涯を終えたわけだ。

話は飛ぶが、ニュージランド(NZ)で15日、銃乱射テロ事件が起き、50人のイスラム教徒が殺されたが、その事件を発表するNZのジャシンタ・アーダーン首相や警察関係者の記者会見にはいつもその傍に手話の通訳者の男性が立っていた。手話を少し勉強したことがある娘は、「長時間、手話をするのは大変」と説明してくれた。手話は聴覚の悪い人のために考えられた言語だ。手話をする人は聴覚障害者のために手話を学び、耳の役割をしているわけだ(「メロディーが聞こえた!」2016年5月3日参考)。

中島みゆきさんの大ヒット曲、「地上の星」の歌詞を思い出す。

つばめよ、高い空から教えてよ地上の星を
つばめよ、地上の星は今どこにあるのだろう

三宅精一は地上で輝く星の一人だったのだろう。素晴らしい日本人に改めて感謝したい。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月21日の記事に一部加筆。

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