前向きに生きる!あなたは、この本から何を感じ取るのか?

2019年03月30日 06:00

Photos by K.Bito

周りの大人が皆眉をひそめるほどのわんぱく坊主、リュウちゃん。いたずらや探検を繰り広げる中で、さまざまな出来事に遭遇する。それはいじめであったり怪我や病気であったり、時には命がけの冒険に発展することも。持ち前のユーモアと明るさ、そしてその負けん気で、立ちはだかる問題をバッタバッタとなぎ倒していく。

今回は、『ぼくにできること』(子どものみらい文芸シリーズ)を紹介したい。著者は、土屋竜一さん。長野県佐久市出身のシンガーソングライター、著作家。難病のデュシェンヌ型筋ジストロフィーと闘うサバイバーでもある。子どもには新鮮な感動、おとなにはなつかしさがあふれる、良質な児童文学である。

■この本のあらまし

本書は、難病のデュシェンヌ型筋ジストロフィーにより全身が動かず発声もできない著者が、幼かった2人の我が子に昔語りができないかわりに書き続けて来たもの。上は女の子で「美音(みお)」、下は男の子で「奏人(かなと)」。二人合わせると「美しい音を奏でる人」となる。著者が、将来に備えて用意しておいた、とっておきの名前。

「美音が生まれた時、思いがけず父親になれたという喜びでいっぱいになりました。ですがその一方で、こんな身体で父親が務まるのだろうかという不安もありました。あやしたり抱っこしたりすることはできません。おむつを替えることも、お風呂に入れることもできないのです。私が肩を落としていると、お嫁さんがこう言いました」(土屋さん)

「『あなたにできることをすればいいのよ』。できないことを嘆いていないで、できることをがんばればいいと言うのです。私はなるほどと思いました。そして私は『できること探し』の旅に出たのです。おなかの上に美音をうつぶせにして寝かしつけると、彼女は気持ち良さそうに眠リにつきました」(同)

そして、ベビースリングを使ったらちゃんと抱っこすることができた。成長の記録を家族新聞として発行する。オリジナルの子守唄を作る。自分できることが見つかるたびに、それが父親としての自信につながったと、土屋さんは語っている。

「奏人が四歳の時、私の母が亡くなりました。私が幼い頃、母は子守唄や本の読み聞かせを、父は昔語りをしてくれたことを、お葬式が終わったあとにふと思い出しました。私は声が出せないので、それらはできることではありません。お話を作ることならできると思いました。それで書き始めたのが、この『ぼくにできること』です」(土屋さん)

「一話作るたびに、お嫁さんが子供たちの枕元で読み聞かせをします。好奇心を持って夢をふくらませる。出会いを宝物にして自分も他人も大事にする。できることは一生懸命にやる。私が前向きに生きるためにして来たことを散りばめました」(同)

ストーリーは全10話からなり、自らが幼少時に経験したあれこれを基に、主人公リュウちゃんのいたずらや冒険がいきいきと、ロマンたっぷりに描かれている。

■忘れられない少年の話

私はライフワークとして、障害者支援団体を運営している。そのきっかけとなった出来事がある。15歳の時の、ある少年との出会いだった。彼は同い年で明るい笑顔が印象的だった。そしてお気に入りの芸能人のブロマイドを持ち歩く普通の少年だった。筋ジストロフィーを患っていた点を除いては。その時、すでに余命は1年と宣告されていた。

この年の活動は八丈島で開催された。彼は八丈島にそびえ立つ八丈富士を登りたいという。理由は、命が燃え尽きるまで一分一秒を大切に生きたいから。2時間をかけて頂上に登り眼下の青い海を見ながら「これが最後だろうな」と呟いた。そして16歳を前にした同年12月に彼は旅立った。※この記録は、当時、ロケに同行していたフジテレビ『ワイドワイドフジ』にも特集「八丈富士は知っていた」として放映された。

私は、それ以降、微力ではあるものの社会福祉活動をおこなっている。福祉先進国であるアメリカを見習って、学生になってからは毎年一定の寄付もおこなっている。

テレビ(NHK「おはよう日本」)、新聞、ラジオで紹介された。デュシェンヌ型筋ジストロフィーという難病を抱えたリュウちゃん。作者の幼い頃の体験を元に生まれた成長ものがたり。あなたは、この本から、何を感じ取ることができるだろうか。

尾藤克之
コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員

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尾藤 克之
コラムニスト、著述家、明治大学サービス創新研究所研究員

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