昭和に回帰する学校:教師たちはなぜ自分にも嘘をつくのか

2019年03月31日 06:00

嘘によって成り立っている組織や業界は多いです。重層下請構造で、お客さんからは数千万円も取ってるのに、実際に制作する下請にわたるお金は何百万円という場合。金融機関なのに投資詐欺を働いてしまう場合。近年も、いろいろあります。

でも、川崎市で退職強要された結果退職に追い込まれたというこの先生の壮絶なお話なんかを聞いていると、分限免職をちらつかせていくらでも退職に追い込めるんだなあ、お役所こそコンプラだいじょうぶか?と心配になってきます。

では、教師のウソとはなにか

べつにお客さんから暴利をむさぼっているわけでも、直接的に詐欺行為を働いているわけでもありません。けれども、学校というものはとても内向きで、組織のなかだけの理論だけで動いています。

たとえば、学校が推し進めているアクティブ・ラーニング(正確には主体的な学び?)という動きがあります。ようするに、知識の「詰め込み」を否定して、「話し合い」授業をやるという「ゆとり教育」の再来というか、それらをよりスケールを大きくしたような施策です。

この学校の様子なんかを見ていると、やっぱり日本の学校ではかなりおかしなことが起きているのではないかと思わざるをえません。

文科省は、「ゆとり教育」以降のコンセプトを打ち出せなかったようで、ぐるっと回って結局もとに戻ったというところでしょうか。もはやネタ切れの感すらあります。

辞めるに辞められない人たち

唐突ですが、人生100年時代とか生涯現役時代とか言われる昨今です。これからの社会人は、社会がどう変わるかまでは予測できなくとも、ひとつの会社で職業人生を終えたくても終えられない時代になるのはまちがいないと思います。

アクティブ・ラーニングと言えば聞こえはいいですが、ようは教員側の用意した台本(いわゆる「道徳的」な結論を出す)をなぞるような話し合いをして、「うん、これからの生きる力をつけられているぞ」と管理職や教委が満足するように、教員は勤しんでいるわけであります。

以前も述べましたが、教員ほど「生きる力」の脆弱な職業人もいません。しかも、給与は生産性のわりに圧倒的に割高です。だから、こんな職場で、住宅ローンや教育ローンを組んだら、辞めるに辞められなくなります。だって、手に職がなさ過ぎて転職なんてとてもできないもん。

昨今、話題になっている教員の働き過ぎ問題も、根っこは同じです。ようするに転職というオプションが使えないから、上から言われるがままの業務量を黙々とこなすしか選択肢がなくなってしまっているのが現実です。しかも、仮に辞められたり、それで辞めた職員に悪い噂を流されても、倒産のない役所なので、痛くもかゆくもありません。

つまり、職員を大切にしようという風潮になるはずがないのです。

お役所の絶大な?安定感

けれども、お役所だから定年まで安定だと、いまだに求職者を集められるのでしょう。自治体の財政状況からして、その幻想がいつまでつづくかわかりませんが、現状でこの選択肢の少ない公務員、とくに教職に飛び込むの若者はなかなかの勇気と胆力を持っていると思います。

というわけで、教員は管理職や教委の操り人形以上のものにはなり得ません。

そして、教員自身も自分を偽っていきます。「この教育は、子供たちにとって必要不可欠なんだ」と。

だって、そうでも思い込まないとやってけないじゃないですか。

でも、いちばんの被害者は、将来のある子供と、学校を信頼しきっている保護者でしょう。

こんなアクティブ・ラーニング的な学力は、昭和の会社、とくに大企業ならテクニックとして役に立ったでしょう。上司や同僚の顔色をうかがって、結論ありきだけれど、活発な議論をしているように見せる・・・(とくに大卒ホワイトカラーにおいて)。

こんな茶番が今日も全国の学校で続いています。

いちばんの犠牲者は子供たち

そこには、子供たちがどうやって実社会をサバイブしていくかという視点は、ゼロです。

あるのは教員たちの保身と欺瞞。

そりゃ実社会に適応できないで、景気がいいからってころころ転職してしまう若者が増えるわけですよね。「生き方」を習えないんですから。そもそも教員は「生き方」なんて知らないわけですから。

「実社会に出て生きていける力」をつけるのが学校だと、わたしは勘違いしていました。学校は、学校のためにあるのでした。こうやって、日本の教育は少しずつ衰弱していくのかもしれません。

中沢 良平

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中沢 良平
元教員、ギジュツ系個人事業主

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