ガバナンス改革:報酬諮問委員会の運用における素朴な疑問

写真AC:編集部

報酬ガバナンスの深化ということで、会社法改正や金商法改正(開示府令の改正)でも役員の報酬制度の改革が論点のひとつとされています。主に開示規制に関する改正ですが、株主が自身で役員の報酬をコントロールすることは困難なので、社外取締役を中心とした報酬諮問委員会(報酬委員会)の設置・運用も検討課題に挙げられることが多いようです。

ただ、実際に報酬委員会の委員としての経験から、そもそも報酬委員会は機能するのかどうか、私自身が浅学なこともあって素朴な疑問を抱いております。

任意の機関として報酬委員会を設置することは賛成なのですが、その運用に関する問題です。ひとつめはサステナビリティ経営と報酬制度の関係です。中長期の企業価値向上を目指して、中長期の業績連動型の株式報酬制度を採用する企業が増えています。

しかし、役員の中にはコンプライアンスやCSRなど、いわゆるESG経営への責任を担った方々もいます。しかし、業績を達成したかどうかというKPIに、RSG関連の指標は採り入れられていないのが現状です。たとえば法律雑誌「ビジネス法務」の2018年10月号に掲載されているタワーズワトソン社のコンサルタントの方の論稿を読んでも「ESG指標を採用している企業は極めて少ない」とされています。

こういった達成度は各役員のBSC(バランススコアカード)において評価の対象となっており、報酬に反映させている会社もあるかもしれませんが、このようなBSC自体が報酬制度に組み込まれているとなりますと、そもそも報酬決定方針や算定方法を開示したとしても「ブラックボックス」はそのまま残るのではないでしょうか。

ふたつめは「中期経営計画と報酬制度」の関係です。インセンティブ報酬の一環として、中長期業績と連動する報酬は、会社が公表する中期経営計画のKPIを用いて達成度を検討せよ、と言われます。どのようなKPIを採用するかは会社によって様々ですが、会社を取り巻く経営環境がこれだけ不透明で不確実となれば、中期経営計画は頻繁に見直しを必要とします。

そうなりますと、中期で業績を達成したのかどうか、判定を要する3~5年後には、もはや計画も指標もズレているという状況が考えられます。そのようなズレが生じた算定方法によって報酬を決定してもよいのでしょうか。あまり株主に対する合理的な説明にはならないような気もします。

そして最後に日本企業の労働慣行と報酬制度との関係です。一生懸命に報酬委員会が個別取締役の報酬額を決定したとしても、社内取締役の方の関心は出てきた報酬額の金額と他の社内取締役の報酬額や経営幹部の給与額との差額です。要は社員と役員の報酬バランスですよね。

「ウチくらいの規模の会社の社員がこれくらいだから、まあ、この程度でいいんじゃないの?」ということで、年功序列、終身雇用、企業内組合制度の労働慣行が変わらないかぎり、株主からみえる報酬よりも社員からみえる報酬のほうが気になるところかと。実はこのあたりが一番報酬のインセンティブがしっくりこない要因ではないかと素朴に感じております。

最近、上場企業においては社外取締役を中心とした指名・報酬委員会の設置が増加しておりますが、そもそも取締役会で指名や報酬の在り方、社外取締役の人数、機関設計などを真剣に協議しなければ委員会も形式的な運用に終始していまうのではないか…と思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年4月8日の記事を転載させていただきました(タイトルは編集部で一部改稿)。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。