元教員が考える「教員の就職を薦めない」10の理由

2019年04月29日 11:30

公立学校の採用試験の申し込みの最中だと思います。教員のブラックぶりはあまねく知れ渡って、昨年度の東京都の倍率は例を見ないほど低下しました。今年は梃入れをしていると思いますが、じっさい教員はあまり薦められません。その理由を、わたしも自分の経験をふりかえって、民間企業や他の職種と比べて考えてみました。

1.そもそも労務契約がない

これは以前のべたことですが、公務員は労働者ではありません。ゆえに雇用契約書もありません。辞令交付書という紙ペラ一枚を校長に読み上げられるだけで、冊子のようなふつうの契約書にサインをすることはありません。教育委員会としても、教員の本務や雇用条件とは何かと考えなくて済むので、現状維持のまま行くのではないでしょうか

わたしが(教組の)組合員だった頃、学校の代表者が集まる分会長会議でタイムカードを提案したことがありますが、逆に教育委員会の管理を強める気かと非難ごうごうとなり、翌年組合を辞めざるをえませんでした。けれども、働き方改革の一環でタイムカードを導入する自治体もでてきたようです。可能性は高いですが形骸化しないことを祈ります。

参考:学校を悪くしたのは、だれか 文科省でたらいまわしにあう

2.勤務時間があってないようなもの

1.と重複しますが、労務契約がないので、勤務時間という概念もあまりありません。残業や休憩時間もずるずるなくなってしまいます。小学校教諭の場合、高学年になると最大32時間もつことになり、子どもたちが帰るのが4時近くになります。勤務時間が週40時間弱しかないのに授業時間だけ32時間になるのはかなり無謀ではないでしょうか。

授業時数は文科省に厳密に決められていて、しかもその授業時数を上回るためにかなりギリギリでやりくりしています。英語とプログラミングが加わって、7時間授業の日も検討されているそうです。そして、その最低限のラインをとにかく割らないように細心の注意を払います。子どもたちも大人の事情につきあって、6時間目には疲労困憊というのはあまりにかわいそうです。

3.意外と分限免職がある

これは意外に知られていないかもしれませんが、管理職や教委はわりとカジュアルに分限免職を利用します。地方公務員法第27条第2項にあるように、身分保障は謳っていますが、同第28条にはしっかり分限免職できる旨が書かれています。これは民間企業には許されていない強権です。じっさいは、分限免職で脅して自主退職に追いこむケースが多いようです。

それに今後は、地方公務員も、リストラの対象になることもあるかもしれません。公務員だから安定した人生を全うできるとは限らなくなると予想します。

参考:分限免職を利用する教委

4.会議が多い

会議がとにかく多いです。会議のためには授業時数が足りないのに子どもたちを早く帰したりします。みなさんは学校の会議といえば職員会議を想像するかもしれませんが、さまざまな会議があります。校務分掌ごとに会議があって、国語会議だ、体育会議だ、特別活動会議だ、行事会議だ、研修会議だとなんでも会議があり、放課後は研修か会議ばかりやっています。会議が終わるころには退勤時間はとっくに過ぎています。一度できた会議が減ることはありません

5.研修が多い

公務員に多いのか、研修でパワーアップできるという考えがあります。研修のために午前中で授業が終わったりします。研究授業もありますが、座学もあります。

研究授業は、文科省の建前的な授業をしなくてはならないので実力はまったくつきませんが、A4で10枚くらいの指導案という台本を書かなくてはいけないのと、その検討が何回もあります。指導案はその見せる授業の部分だけでなく、今までなにをやってきたかやこの授業にどんな意義があるのかとか書かなくてはならないので、作成にそうとうな時間がかかります。さらに指導案検討で、参加者(おもに年配の女性教諭)の気分で内容を全部差し替えとかされるのは日常茶飯事です。

座学は、民間企業なら呼んだ人事部が怒られるのではないかというレベルの講師がきます。だいたいが教育学部の先生ですので、教育委員会への営業が得意なのでしょう。教育はビジネスとしてとてもおいしいのです。できればその時間を事務仕事にあてたいところです。ほんとうにしたいのは授業の準備ですが。

6.行事が多い

入学式や運動会、卒業式はいいとして、創立〇周年記念、宿泊学習、二分の一成人式、マラソン大会、学芸会、展覧会、音楽会と際限なく増えていきます。一度できた行事は、やめたら先輩の顔に泥をぬるという理屈でけっして減ることはありません。行事自体は1、2時間で終わりますが、その準備には貴重な授業時間が何十時間もとられます。

教員は時間外に準備をしますので、たいへんな負担になります。近年はスリム化しようという動きもありますが、過剰な演出を立案し業務量を増やしてしまう教員も多いのです。式典は、誰のためにやっているのでしょうかね。

7.つぶしがきかない

教職はまったくつぶしの利かない仕事です。ふつうの仕事なら、何年かやっていれば、転職市場でそれなりの価値が認められます。けれども、教職はまったく価値が認められません。つまり、教職に就いたら、完全に職場にロック・オンされてしまいます。どんなにひどい待遇でも、適性がなかったといっても、それ以外の職場で働くという、ふつうの労働者なら当たり前のようにもっているオプションをもっていないのです。

また、仕事の内容に比べて給料がよすぎるという点もあげられます。目安の月収は、年齢×1万円強でしょうか。これにボーナスが入れば、それなりの額になります。これはよい点でもあるのですが。教員を退職してしまえば、同じくらいの給料どころか、その半分も稼ぐことは難しいでしょう。だから、教員としてもらえる給与を前提に生活水準を決めてしまうと、どんなに教員として適性がないと思っていても、とてもじゃないですが退職はできません。

8.残業代が、ない

保護者はもちろん、教職を目指す学生も教員は残業代がつかないと知らなかったりします。辞めなければ定年まで勤められるということが数少ないメリットですが、これほどつぶしの利かない職業もありません。教職をやって身につく技術といえば、児童生徒の行動の統制くらいですから(これらも近年はブラック校則とか言われて問題になっていますし)。

参考:教員たちを呪縛する「給特法」とはなにか

9.同僚からの評価が全て

教員は、モンスターペアレンツも恐れますが、いちばん怖いのは同僚の教員からの評価です。(これは昔から勤めていた教員に聞くと、以前は同僚の評価など気にしなかったといいます。近年(バブル期以降?)醸成された「空気」のようです)

ですから、現在の学校で、なにかまちがった指針が取られるような「空気」が蔓延しても、決して水を差すようなことはできません。それがどんなに社会的に不合理なことでも。

ですから、子供ためにとか社会的に役に立ちたいとか考える人には、辛い状況が続くと思います。

10.子供たちが荒れるしくみになっている

現状の学校は、教育にはもはや適切な制度ではなくなってしまっています。小中学校は工場労働者や軍隊の規律をたたき込むことから生まれ、その考え方は現代まで引きつかれています。それが荒れる子供たちの原因でもあります。けれども、保護者でもその原因に気づいている方は少ないのです。

文科省は時数だけは増やしましたが、それに費やせるリソースは変わっていません。2時間で終わる内容を、ダラダラと一日6時間、7時間やるということになってしまっています。それで、教員の技術は、子供たちをいかにおとなしく座らせていられるかにフォーカスされていきます。学校は勉強するところではなくなっています。

参考:ゆとりなきゆとり教育の時代

 

このように、先生たちはたいへん苦しい状況にあるのですが、それがまったく子供のためになっていないのが、切なくなってきますね。

人生は長いです。これらを参考程度に、自己責任で採用試験に臨んでくださいね。健闘を心から祈ってます。

中沢 良平

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