北朝鮮は暴発するか?「国連制裁」と「ABCD包囲網」との比較で考えてみた

2019年05月03日 06:00

「ABCD包囲網」を日本大百科全書はこう解説している。(太字は筆者)

ABCDは、アメリカAmerica、イギリスBritain、中国China、オランダDutchの頭文字に由来し、太平洋戦争の前夜、これら4か国が対日包囲陣を結成して日本を圧迫したという日本側の主張を示す言葉。

第一次世界大戦前夜にドイツが主張した「ドイツ包囲」の神話と同様、その狙いはむしろ対外危機感をあおって国民を結束させるとともに、きたるべき戦争が自存自衛のための戦いであることを印象づけることにあった。

実態としては、1941年(昭和16)7月の日本の南部仏印進駐に対するアメリカの対抗措置である在米日本資産の凍結、対日石油全面禁輸や、それに先だつ4月下旬のアメリカ、オランダ、イギリスの軍事参謀会議における極東防衛戦略の討議などがあげられる。

これらは対日戦争準備というよりも、経済制裁と軍事体制整備により、日本のこれ以上の南進を牽制しようとするものと解され、ただちに好戦的な対日包囲陣の結成を意味するものではなかった。(荒井信一)

荒井氏は歴史学者で茨城大名誉教授。が、筆者はこの解説に少々引っ掛かった。それは「これらは・・なかった」の部分だ。荒井教授がそうお考えになり、またABCD諸国の意図もそのようだったかも知れぬ。が、「好戦的な・・ものでなかった」といったところで、重要なのは包囲された側がこれをどう受け取ったかではあるまいか。事実、日本は真珠湾とフィリピンの空爆そしてマレー上陸で打開に動き、米英蘭に宣戦布告した。

炎上する真珠湾上空を飛行する九七式艦上攻撃機(Wikipediaより:編集部)

では肝心のローズベルト大統領は件の包囲網をどう考えていたのだろうか。それは「経済封鎖から見た太平洋戦争開戦の経緯―経済制裁との相違を中心にして―」との題でネット公開されている防衛研究所戦史部高橋文雄氏の論文に詳しい。

その論文の要旨を引用すれば次のようだ。

  • フーバー大統領は満州事変時(1931年)にスチムソン国務長官の対日「経済制裁」論を採用しなかった。禁輸や「経済制裁」が対象国にとって戦争を意味するとの認識を抱いていたからだった。
  • 1937年7月に支那事変が勃発するとローズベルトは対日「経済封鎖」を模索し始め、その着想をウェルズ国務次官に打ち明けた。ローズベルトは「日本は既に中国に深く介入しているので日本経済は臨界点に達している。もし日本の貿易が遮断されれば、日本が非常に必要とする東南アジアの石油と天然資源にアクセスできるようになる前の早い段階で日本は行き詰まってしまうだろう。・・日本はこの重大局面に戦争のリスクを敢えて犯すことはないだろう」と述べた。
  • イッキーズ内務長官によれば、1937年12月の閣議でローズベルトは「米海軍はアリューシャン列島から、ハワイ、ウェーキ、グアムに至るまで日本を封鎖できるだろう。英国は我々のラインからシンガポールまでをカバーするだろう。これは、海軍にとっては大艦隊を送り出さずに引き受けられる比較的簡単な任務だろう。大統領はこうして封鎖されれば日本が1年以内に屈服することになる」と考えていた。
  • 閣議前日にリンゼイ駐米英国大使が「封鎖は戦争行為だ」と指摘すると、ローズベルトは「違う、これは紛れもなく大統領権限の範囲内にあり、戦争に関する『新たなドクトリンとテクニック』だ。米国はかつて宣戦布告なき戦争を遂行したことがあった」と述べた。
  • ローズベルトが期待したのは「紙上封鎖」だった。これは「パリ宣言*」以前に英国海軍によって行なわれていたもので、被封鎖港のはるか遠方から封鎖宣言をすることにより広大な海面が「封鎖」されたとみなす交戦行為で、「パリ宣言」はこのよう「封鎖」を否定した。つまりローズベルト考えた「紙上封鎖」は、「ABCD 包囲陣」が日本側の方便ではなく、軍事面から実体のある大きな対日圧力を日本に及ぼしていたことを裏づける

*パリ宣言・・1856年のクリミヤ戦争後のパリ平和会議で採択された戦時における海上での商業の自由を最大限に可能にした宣言で、「紙上封鎖」の無効を含む。

結局、米国は次のように日本に対する制裁を次々と繰り出し、日本は堪らず宣戦布告した。

〇1937年9月 日中両国向け軍需品の政府所有船舶による輸送禁止
〇1938年7月 航空機資材の対日道義的禁輸
〇1939年8月 日米通商修好条約破棄通告
〇1940年1月 日米通商航海条約失効
〇1940年6月 特殊工作機械等の対日輸出許可制化
〇1940年7月 航空機用揮発油や屑鉄の対日輸出許可制化(8・9月に禁輸)
〇1941年6月 石油の輸出許可制化
〇1941年7月 日本の在米資産凍結令
〇1941年8月 石油の対日全面禁輸

が、高橋氏はローズベルトの「紙上封鎖」は、「パリ宣言」違反であり、「『ABCD 包囲陣』が日本側の方便ではなく、軍事面から実体のある大きな対日圧力を日本に及ぼしていたことを裏づける」とした。「封鎖」が国際法違反なら日本に理がある。筆者は荒井教授の解説よりも高橋氏の主張の方が腑に落ちる(同姓だし)。

では国連憲章は「経済制裁」をどう扱っているだろうか。現在の北朝鮮への制裁を検証するために有斐閣『現代国際法講義』(第四版)から以下に引用してみる。(太字は筆者。・・は省略の意)

国連憲章は、集団的安全保障制度を整備し、制裁発動について安全保障理事会による集権的決定を可能にした。・・憲章第7章において同理事会に国際の平和に対する脅威、平和の破壊、侵略行為の認定の権限(39条)、国際の平和と安全保障を維持・回復するための強制措置の発動の権限(41条以下)を与えている。・・制裁方法としてまず非軍事的措置が規定され、同理事会は、経済関係及び運輸通信手段の中断並びに外交関係の断絶を含む措置を加盟国に命ずることが出来る(41条)。・・さらに軍事的な強制措置を用意し・・。

つまり国連憲章は41条以下で、集団的安全保障の一環として安全保障理事会に制裁としての強制措置発動と、制裁方法の第一選択肢としての非軍事的な措置を加盟国に命ずることの権限を与えている。これは「紙上封鎖」たる「ABCD包囲網」が「パリ宣言」に違反していたのとは雲泥の違いだ。

第1017軍部隊の飛行訓練を指導中の金正恩氏(朝鮮中央通信より:編集部)

そして最後は北朝鮮に対する国連の経済制裁。筆者はこれについて既に投稿しているので詳細は「北朝鮮への経済制裁についておさらいしてみた」と「米朝首脳会談で日本が置き去りにならない理由」に譲り、本稿ではなぜ北朝鮮の核保有だけが経済制裁を受けるが書いてある国連安保理決議2397の一文をそこから引いておく。(以下拙訳、太字は筆者)

北朝鮮人民の福祉、固有の尊厳と権利を尊重し確保する必要性を含む、国際社会の他国の安全保障と人道的懸念に北朝鮮が責任を果たすことの重要性をもう一度強調し、そして満たされない多くの困窮を抱えているのに、深刻に必要とされる資源を北朝鮮人民から転用し、北朝鮮が多大な費用をかけて核兵器や弾道ミサイルを開発し続けることに大きな懸念を表明し・・

以上を考え合わせると北朝鮮は暴発しないだろう。そもそも日本と違って理がない上、暴発した日にはそれが日韓に対してであろうと米国の報復を瞬時に受けるからだ。両国と同盟関係にある米国には、必要な措置を安保理がとるまでの間の自衛権行使が認められる(51条)。安保理決議の要る段階的な非核化・制裁解除など中露だけでは決められない。

どう考えても4月29日付の拙稿「ロシアからも塩対応で四面楚歌の金正恩、果たしてどうすべきか?」の結論しかない。ポンペオやボルトン外しなどの姑息な分断策など通じない。金正恩よ、悪あがきはよしてトランプに賭けよ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。

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