1回3349万円の薬価は、理不尽な数字ではない

中村 祐輔

CAR-T細胞療法に3349万円の保険薬価がついたとメディアが騒いでいる。この治療法はB細胞系の腫瘍に限られているし、1回の治療が標準的なことや日本では欧米に比べて患者数が少ないので医療費の総額を大きく押し上げる可能性はほとんどない。

CAR-T細胞療法の新薬「キムリア」(ノバルティスファーマ社サイトより:編集部)

治癒の可能性も高いので、命を救う意味では、数か月から数年の延命を目指したこれまでの抗がん剤治療よりもはるかに費用対効果は高いと思う。免疫チェックポイント抗体の時にも、1年間治療を続けると数千万円の治療費が必要になると大騒ぎになって、姥捨て山のように「高齢者には使用するな」と言っていた医師の言葉が一部で真面目に検討されたはずだ。

理想論で語れない現実があるが、医療従事者の最大の重要事項は命を救うことだ。医師がこの一言を言ってはいけないと思う。いずれにせよ、現在は、免疫チェックポイント抗体の価格も当初の価格の5分の1程度まで下がったので、世間は忘れたようになっている。

しかし、免疫チェックポイント抗体は、対象となるがんが拡大され、この治療法を受けている患者数は大きく膨れ上がっている。有効率が10-30%と限定的であることが明らかになっているにも関わらずだ。この薬剤の使い分け研究に数十億円かけても、国の医療費は長期的に数兆円単位での節減ができるのだが、そのような投資をすることはない。これこそ、AMEDの役割だと思うのだが….

承認されたCAR-T細胞療法の有効率は85%とも、90%とも報告されている。この観点では無駄の少ない治療法と言っていい。それに比して、がんの遺伝子パネルは、現在の価格67万円で保険点数がつけば、10人に一人の割合で分子標的治療薬が見つかっても(もっと数字は低そうだが)、一人の分子標的治療薬を見つけるために700万円弱が必要となる。継ぎ接ぎのような対策ではなく、医療費を効率的に使うためには、国レベルでの、効きそうな患者さんを選んで治療薬を選ぶプレシジョン医療の確立が絶対的に必要である。

新しい薬剤が承認され、その高額さに一時的に議論が起こるが、これでは、日本が抱えている根源的な問題は永久に解決されないだろう。確かに、高額な薬剤費は大きな課題だが、治せないがんを治すために開発に賭けてきた情熱、そして、そのための経費や対象患者数を考えれば、理不尽な数字ではない。

もし、日本の企業が次々と画期的な薬剤を開発すれば、日本は世界の命を救うことに貢献できるので、日の丸の誇りを示すことができる。そして、輸出拡大につなげ、税金として還元されるという素晴らしい循環を生み出すことができたはずだ。国家のビジョンとして、なぜ、このような当然のことが考えられなかったのか、不思議でならない。

10年後、20年後を見据えた青写真を作り、それに沿って根底から医療制度を組み立てるような方向で、税金を投下しない限り、日本の医療、日本という国の未来はない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年5月1 5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。