新卒一括採用の見直し:通年採用化の背景と企業の未来 --- 前川 孝雄

2019年05月19日 06:00

経団連が通年採用への方針転換を発表

新年度を迎えた4月に、経団連と大学関係者との合意により、企業による新卒一括採用を見直し、通年採用に移行する方針が発表されました。従来の経団連主導による就職協定は、これまで時期が二転三転してきましたが、直近では企業の採用広報活動が大学3年の3月解禁、採用面接など選考活動が大学4年の6月解禁に落ち着いていました。経団連は昨年10月にこのルールを2021年採用以降廃止するとしましたが、政府がこれを引き取り、2021年春入社は政府方針でこのルールを継続することとしました。いずれにせよ、この時期を境に通年採用が本格化することが予想されます。

合同会社説明会の様子(Wikipediaより:編集部)

実際に通年採用への移行となれば、各社それぞれが採用計画を立て実行していくことになり、これまで毎年計画的に新卒採用を行ってきた大企業の採用現場や、これに次ぐ時期に採用を計画してきた中小企業が混乱を来すことでしょう。また大学生も就職活動のタイミングの目安がもてず、これを支援する大学のキャリアセンターなども対応に苦慮するでしょう。短期的なこととはいえ、こうした混乱は避けられません。しかし、変化の本質は採用時期の話ではありません。

企業に鬱積する不満と危機感

この通年採用への動きの背景・理由には、いくつかの要因が考えられます。

一つは、経団連の会員企業からの不満です。会員企業がいくら従来の紳士協定を遵守しても、会員外の外資系企業や新興企業などが優秀層を青田買いしていく実態がありました。少子高齢化で益々希少になる若手ポテンシャル人材を早期に囲い込まれてしまうことへの忸怩たる思いもありました。

もう一つは、日本の教育界に対して溜まっている企業側の不満です。企業はグローバル競争の波に飲まれ、欧米・中国・アジア等の企業との峻烈な競争に晒されています。グローバルでは新卒一括採用は少なく通年採用が一般的で、育成を前提としたポテンシャル採用ではなく、即戦力を求めるジョブ型採用です。すなわち、「ジョブ(仕事)ごとに求められる職務要件を定め、このスキルで、この時期だけ、このエリアで働ける人材がほしい」というスピィーディで効率を重視する雇用です。

例えば、グローバルで急成長中のNETFLIXは必要な時に必要な人材をその都度一気に採用し、プロジエクトが完了すれば契約を終える形で事業を拡大しています。同社の元最高人事責任者だったマッコード・パティは著書『NETFLIXの最強人事戦略』(光文社)のなかで、こう述べています。

「一つ、優れた人材の採用と従業員の解雇は、主に、マネジャーの責任である。二つ、すべての職務にまずまずの人材ではなく、最適な人材を採用するように努めること。三つ、どんなに優れた人材でも、会社が必要とする職務にスキルが合っていないと判断すれば、進んで解雇すること」

こうした競争相手と戦うためには、日本流の新卒一括採用と息の長い人材育成では勝ち目がないとの思いが強いのです。そこで、企業は教育界に対し、すぐに役立たない教養教育よりも、AIやフィンテックなどの最先端の知識やスキルを有する即戦力人材を育てることを強く迫っています。この要請に政府も呼応せざるをえず、企業活動にすぐに役立つ知識・スキルを学校教育でも身につけるべきと提唱し始めました。この度の通年採用化への動きには主にこうした背景が見られますが、要するに経団連・大企業側の「欲しい即戦力人材を欲しい時に採り、解雇したい時に解雇したい」という思惑が透けて見えるのです。

欧米流企業改革の失敗への反省を

私が営むFeelWorksグループでは、日頃企業側の人材育成支援に携わる立場から、こうした現在の日本企業が持たざるを得ない強い危機感や切迫感、焦燥感をひしひしと感じ、痛いほど理解しているつもりです。しかし、果たして日本企業にとって今後欧米の雇用モデルをそのまま模倣することが真に正しい選択なのか、それで本当に日本企業や働く社会に明るい展望をもたらせるのかについては、強い懸念を持っています。

日本企業が平成の30年間を負け続けてきたことから、ここでゼロリセットをして旧弊から脱したいという心理は正しいと思います。しかし、温故知新という言葉があるとおり、日本企業が自らの守るべきものと変えるべきものとをきちんと整理して前に進まない限り、平成と同じ過ちを令和にも繰り返すことになります。かつても、日本企業は低迷から脱却しようと成果主義やタレントマネジメントなど欧米流の「流行りもの」を採り入れようとして成功できなかった歴史を経営者や人事責任者はよく反省すべきです。

もちろん、今後本社機能を伸びるアジアなど他国に置き外国人材中心のグローバル企業に転身する覚悟であれば、通年採用・ジョブ型採用を徹底することも考えられるでしょう。しかし、日本国内に軸足を置いたなかで表層的に欧米流を採り入れようとすれば、足元をすくわれ成功は厳しいでしょう。

オーナー創業経営者による強力なヘッドシップのある企業や外資に経営権を買収された企業であれば、先ほどのような本格的なグローバル化を目指すと決めればまい進できるでしょう。しかし、トップの任期が一定年数に限られバトンリレー経営が続く大半の日本の大企業では、経営側がこの人事の大変革に最後まで責任を取り切ることは現実的ではありません。そして、中途半端な欧米流の採り入れに足を踏み入れるなら、かえって混乱だけを残す大きなリスクを負うことになるでしょう。

企業内人材育成こそ日本企業最大のベネフィット

企業は社会の公器であり、お客様の役に立ち社会に貢献するためにも、大切な従業員とその家族の人生を守るためにも、簡単に潰れてしまってはなりません。株主に報いるために対前年比で兎も角成長することの前に、ゴーイングコンサーンの組織として持続的・安定的に顧客及び社会に貢献し続けることが重要なのです。

ですから、外部環境の変化に慌てふためき、欧米企業を真似て、その都度その都度に即戦力の人材を求め、経営拡大を目指すというだけの姿勢で果たして社会的な使命が果たせるかを冷静に考えることが大切です。そもそも日本は世界でも長寿企業が最も多い国です。長寿企業に共通する「先義後利」「三方よし」といった経営精神が脈々とあることを、私はないがしろにしてはいけないと思うのです。

また、これまでの日本企業で、新卒の若手をはじめ社員にとっての最大のベネフィットが何であったかといえば、賃金や福利厚生など以上に、しっかりとした企業内人材育成があったことだと言えるでしょう。社員は、これまでの自分の経験値のみでは通用しない背伸びした挑戦が求められる仕事を任され、OJTや研修などの充実にも助けられ、仕事をやり遂げる一人前の人材に成長できることが、企業に勤めるとても大きなインセンティブだったのです。

昭和の終わり頃は3万円台だった国立大学の学費はいまや15倍の50万円以上になるなど、若者を育てる国の財政負担が削られ続きてきたなか、気骨ある企業が人材育成を肩代わりしてきたのです。この強みの源泉を削いでしまって、本当に欧米企業と対峙できるでしょうか。

欧米企業のジョブ型雇用は、企業が即戦力人材を必要な時だけ雇用するため、キャリア意識の高い優秀な人材ほど企業によるリストラを待つまでもなく、自身のキャリア形成の損得を考えて躊躇なく転職していきます。そして、日本でも学生や若手社員のキャリア意識が高まる今、日本企業がジョブ型雇用にだけ舵を切るならば、若手社員の離職傾向はさらに増加するでしょう。今でさえ若手社員のリテンションマネジメント(離職防止と定着化施策)が大きな課題となっているなかで、中途半端な人事施策によってこの傾向に拍車がかかった企業は、取り返しがつかない状況に陥ることが懸念されるのです。

以上、新卒一括採用から通年採用への移行の動きをめぐり、企業側の思惑と懸念される課題を挙げました。次回以降では学生側や大学・教育側の課題を検討し、この変化の潮流をどうとらえていくべきか、考察を進めたいと思います。

(人事・教育研修担当者のためのオンラインマガジン「人材育成ジャーナル」より)

前川 孝雄  FeelWorks代表取締役、青山学院大学兼任講師、働きがい創造研究所代表取締役会長
リクルートで「リクナビ」編集長等を経て、2008 年に「人を大切に育て活かす社会づくりへの貢献」を志にFeelWorks設立し、「人が育つ現場」づくりを支援。著書は『「働きがいあふれる」チームのつくり方』他多数。

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