欧州の極右党党首が辞任する日

オーストリアの中道右派政党「国民党」(党首・クルツ首相)と極右政党「自由党」(党首・シュトラーヒェ副首相)から成るクルツ連立政権は2017年12月に発足したが、5年の任期を全うできず1年5カ月余りで解消することになった。欧州では30歳になったばかりの国民党のクルツ党首が欧州の代表的な極右政党の自由党と連立を組むことが明らかになった時、不安と恐れを抱く声が聞かれた。不幸にもその声が間違っていなかったことを実証してしまった。以下、クルツ政権の解体劇を報告する。

▲副首相と自由党党首のポストの辞任を表明するシュトラーヒェ氏(オーストリア国営放送から、219年5月18日)

▲副首相と自由党党首のポストの辞任を表明するシュトラーヒェ氏(オーストリア国営放送から、219年5月18日)

自由党のシュトラーヒェ党首(49)は2017年7月、地中海西部の避暑地のイビザ島(Ibiza)の別荘でロシア新興財閥(オルガルヒ)の娘らと会合、そこで自称ロシア人実業家がオーストリアに投資を考えてことを知り、党献金をしてくれれば、オーストリアの公共事業の受注などの報酬が得られると持ち掛けた。それだけではなく、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収話を持ち掛けた(同会合には自由党のヨハン・グデヌス党院内総務が通訳として参加)。

シュトラーヒェ党首に不幸だったことは、6時間を超える同会合内容が何者かにビデオで撮影されていたことだ。そのビデオの内容を独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6日、一斉に報じたことから、クルツ連立政権は大揺れとなり、最終的には連立解消となった。

報道の翌日(18日)、シュトラーヒェ党首は、「酒を飲んだ上での馬鹿げたことを喋り、無責任だった」と謝罪し、副首相と党首から辞任し、後継者に副党首のホーファー氏(インフラ担当相)を任命したことを明らかにした。それに先立ち、同党首は「2017年7月に撮影したビデオがなぜ2年後、26日の欧州議会選の投票直前にメディアにリークされたのか。これは明らかに政治的襲撃だ」と怒りを露わにし、「実行者は連立政権の崩壊を狙っていたはずだ」と指摘した。

その7時間後、クルツ首相は首相官邸でシュトラーヒェ党首の不祥事について国民党の立場を表明した。①連立政権は多くの成果を上げてきたが、自由党の不祥事はこれまで繰り返されてきた。これ以上は耐えられない。②バン・デア・ベレン大統領に連立解消、国民議会選挙(下院、183議席)の前倒しを提示、夏季休暇後、できるだけ早い時期に選挙を実施する、等を一方的に表明した後、記者団の質問は受けずに退席した。

クルツ首相の声明がシュトラーヒェ党首の辞意表明から7時間以上経った後となったことについて、自由党と連立を継続するか、新選挙に出るかで、党幹部たちと協議していたため時間がかかったという。現地メディアは、クルツ首相は自由党にキックル内相(自由党の思想的ブレイン)を辞任させるならば、連立を継続してもいい、と申し出をしたが、自由党が拒否した、という連立解消の舞台裏(未確認)を報じていた。

2017年10月の総選挙で第一党となった国民党のクルツ党首が極右政党の自由党と連立政権を発足させて以来、欧州の政界では自由党の政権参加に対して批判の声が絶えなかったが、若いクルツ首相(32)の個人的な人気もあって、連立政権はこれまで大きな問題はなく、昨年下半期の欧州連合(EU)の議長国も無難に務めるなど、EU加盟国ではクルツ政権を評価する声が高まってきていた。

一方、自由党は政権参加後、党幹部たちの不祥事が続いた。

①ニュージランド(NZ)のクライストチャーチで3月15日、白人主義者で民族主義者、反イスラム教のブレントン・タラント容疑者が2カ所のイスラム寺院で銃乱射し、50人が殺害され、同数の負傷者が出た。犯人は昨年、オーストリアの極右グループ「イデンティテーレ運動」(本部グラーツ、会員数約300人)に寄付金を送っていた。自由党のシュトラーヒェ党首やキックル内相が同運動の指導者マーチン・セルナー氏と過去、会合したことが判明した。

②オーストリアのニーダーエスターライヒ州の自由党党首ウド・ランドバウアー氏は旧国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)を信望する青年同盟隊(Burschenschaft)のゲルマニア支部副会長だが、その支部事務所に、ユダヤ民族の虐殺を呼び掛け、ナチス・ドイツの神性化、ホロコーストを否定するナチ賛美の歌集が見つかった。同国のイスラエル文化協会のオスカー・ドイチェ会長は、「歌詞は明らかに反ユダヤ主義だ」と激しく批判した(「極右党と『ナチス賛美の歌集』問題」2018年1月27日参考)。

自由党は不祥事が表面化する度に、関係者を処分してきたが、今回は党首の不祥事の現場を撮影したビデオが公に放映されてしまったわけだ。クルツ党首は18日夜の連立解消表明の際、「Genug ist genug」(もういい加減にしてほしい)と述べ、自由党の言動に忍耐が切れたことを明らかにしたほどだ。

連邦首相官邸前の英雄広場ではシュトラーヒェ党首の辞任表明が報じられると、約7000人の市民が集まり、クルツ政権の総辞職、早期総選挙の実施を訴えた。

オーストリアでは26日、欧州議会選の投開票が実施される。そして夏季休暇後、いよいよ総選挙となるわけだ。自由党の今回のスキャンダルが欧州議会選挙、そしてオーストリア総選挙にどのような影響を与えるかはまだ不明だ。クルツ首相は社会民主党との大連立には強い抵抗がある。クルツ国民党が第1党をキープしたとしても、過半数獲得は難しいから連立パートナーが必要となるが、連立を組む相手がいない、という現実は大きくは変わらない。

興味深い点は、欧州の極右政党の反応だ。フランスの「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首はオーストリアの自由党の政権参加を評価し、シュトラーヒェ党首とは欧州の極右連合で協議してきたが、今回の不祥事が報じられるとショックを受けている。イタリアの「同盟」のサルヴィー二副首相は自由党の不祥事で極右政党のイメージが悪化することを懸念している、といった具合だ。

ルペン党首、サルヴィー二副首相、そしてシュトラーヒェ党首の共通の友達はロシアのプーチン大統領だ。同大統領はEU統合に懐疑的な西側の極右政党と関係を強化し、EUの結束を崩す一方、クリミア半島の併合やウクライナ東部のロシアの軍事活動へに批判をかわす盾に利用してきた。ロシアの新興財閥関係者との接触が切っ掛けでシュトラーヒェ党首は14年間維持してきた自由党党首の座を失う結果となったわけだ。シュトラーヒェ氏の蹉跌は、ロシアとの付き合いには慎重にならなければならないことを改めて警告している。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月20日の記事に一部加筆。