事業ポートフォリオ・マネジメントの在り方と富士フイルムの経営判断

一昨日のエントリーには多数のコメントをいただき、ありがとうございました。本日も引き続き、経産省HPにリリースされております「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(仮)」に関連した話題です。

親会社の子会社管理のひとつとして、当リリースに「事業ポートフォリオ・マネジメント」に関する指針が記載されています。当該指針には、コングロマリット・ディスカウントを回避するために、多様な事業を抱えた企業は、事業の将来性を検討しつつ、リソースの最適配分(選択と集中)に注力すべし」といった内容が含まれています。

CFOの方々からも同様の意見を拝聴することがありますが、上記はあくまでも指針であり、取締役が善管注意義務義務を果たしたと言えるためには、経営判断としては慎重な対応が必要ではないかと思います。

富士フイルム東京ミッドタウン本社(Wikipediaより:編集部)

以前、当ブログでも少しだけ紹介しましたが、富士フイルムもコダックも、1990年代に事業の多角化を進めていましたが、コダックは米国市場の株主からの圧力(集中と選択)により、多角化を断念し、3M(スリーエム)の株式買収等による本業特化を進めたそうです。その結果として、多角化を進めた富士フイルムは業績を向上させ、コダックは低迷してしまったことはご承知のとおりです(セブン&アイホールディングスの社外役員でいらっしゃるルディー和子氏の新書「経済の不都合な話」より)。

機関投資家はポートフォリオの生成・見直しのプロですから、そもそも上場会社が多様化を進めることの合理性は「私たちはプロのあなたたちよりも財務シナジー、事業シナジー両面において上手に発揮・向上させる自信があります。なぜなら・・・」と、理由を説明できなければならないはずです。その説明ができなければ、コダックのように「資本コストを上回る事業として存続しうるかどうか見極めて、自信がなければスピンアウトせよ」といった圧力に負けてしまう可能性が出てきます。

ルディー氏の前記ご著書によると、1990年代から2000年にかけて、コダックの株主還元率は147%に対して富士フイルムは11%、その低い株主還元率のおかげで富士フイルムは8000億円ものキャッシュを積み上げ、自己資本比率は70%に及んだ、とのこと。そのときに7000億円をM&Aに活用できたことが大きな要因と思われます。

20年前と現在とでは、上場会社の株主に対する向き合い方が大きく異なりますが、ガバナンスコードや実務指針に単純に従うのではなく、たとえ株主の要望に反する経営判断であったとしても、当該戦略を当社が採用する理由をきちんと説明できることが重要だと思います。1990年代はマイケル・ポーター「競争の戦略」論が幅を利かせていた時代ですが、こういった戦略論の支柱となる理論とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年5月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。