日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を

郷原 信郎

本日(2019年6月4日)、日産自動車株式会社(以下、「日産」)代表取締役社長西川廣人氏に対する不起訴処分について、告発人の東京都内在住の男性からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行った。

西川氏(日産サイトより:編集部)

告発人のA氏は、東京都内在住の一市民であり、日産の元代表取締役会長カルロス・ゴーン氏及び同元代表取締役グレッグ・ケリー氏が逮捕・起訴された金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)について、同社代表取締役社長西川廣人氏の刑事処分が行われていないことに疑問を抱き、1月23日に、東京地検に、西川氏を刑事告発していた。

4月26日、東京地検は、同事件について西川氏を不起訴処分とし、告発人A氏にその旨通知した。書面で不起訴理由の開示を求めたA氏に対して、5月17日付けで、不起訴理由が「嫌疑不十分」である旨の通知があった。

不起訴処分及びその理由に納得できないと考えたA氏は、検察審査会への審査申立を行うことを決意し、知人を通じて、私に、代理人として申立手続を行うことを依頼してきた。

私は、西川氏が代表取締役社長として有価証券報告書を提出した直近2年度の有価証券報告書の虚偽記載について、ゴーン氏・ケリー氏及び法人としての日産が起訴されたにもかかわらず、西川氏が逮捕も起訴もされていないのは検察としてあり得ないことを、かねてから、個人ブログやヤフーニュース等で訴え続けてきた(【ゴーン氏「直近3年分」再逮捕で検察は西川社長を逮捕するのか】【朝日が報じた「西川社長、刑事責任問わず」の“珍妙な理屈”】など)。

私は、「退任後の報酬」についての有価証券報告書虚偽記載罪の成否には重大な疑問を持っており、西川氏についても犯罪の成立を肯定するものではない。しかし、少なくとも、直近2年度分については、ゴーン氏・ケリー氏と法人としての日産を起訴する一方で、西川氏を代表取締役社長として自らの名義で有価証券報告書を提出した西川氏を「嫌疑不十分」の理由で不起訴とすることは、検察官の処分としてあり得ないものであり、西川氏も同様に起訴して、裁判所に有罪無罪の判断を委ねるのが当然だ。

私は、昨年11月19日のゴーン氏の突然の逮捕以降、検察の捜査・処分の不当性をあらゆる面から指摘してきた。それは、営利業務としてではなく、日本の刑事司法の構造的な問題を是正するための公益的活動の一つとして行ってきたものだった。そういう私にとって、A氏の一市民としての素朴な疑問に基づく検察審査会への申立に協力することも、弁護士としての公益的な使命を果たすことだと考え、審査申立の手続をボランティア(無報酬)で引き受けることにした。

西川氏不起訴についての審査申立書を検察審査会に提出し、記者会見を行うことを、昨日、A氏に連絡したところ、A氏は、次のようなメッセージを私に託した。

私は、最近の検察の捜査や処分が、権力者に迎合しており、検察がその使命を果たしていないことに強い義憤を感じています。カルロス・ゴーン氏が逮捕され起訴された事件で、日産西川社長が逮捕も起訴もされないのはあり得ないと、郷原弁護士が指摘されているのに、西川氏に対する捜査が全く行われないのはおかしい、国策捜査だからではないか、市民の一人として許すことができないと考えて、西川氏の告発を行いました。検察の組織が権力に迎合していても、担当する検察官は、良心にしたがって正しい処分をしてくれるものと信じていましたが、「嫌疑不十分」で不起訴と通知され、深く失望しました。そこで、検察審査会に審査申立をして不起訴処分の是正を求めることにしました。これまでこの事件での検察の対応を厳しく批判してきた郷原弁護士が代理人を引き受けて審査申立書を作成してくれました。市民の代表である審査員の人達が、申立書を読んで、市民の常識に基づいて判断してもらえれば、西川氏を起訴すべきとする議決が必ず出されるものと信じています。

審査申立書に記載した「不起訴処分を不当とする理由」を以下に引用する。

(1)不起訴処分の理由が明らかに不当であること

不起訴処分理由告知書によれば、不起訴理由は「嫌疑不十分」とのことであり、被疑者について犯罪を立証するための十分な証拠がない、という理由による不起訴とのことである。しかし、かかる不起訴処分及び理由は、以下に述べるとおり、検察官の処分として、凡そあり得ないものである。

ア ゴーン氏・ケリー氏および法人としての日産が起訴された事実

平成30年11月19日、当時、同社代表取締役会長であったゴーン氏及び同社代表取締役であったグレッグ・ケリー氏(以下、「ケリー氏」)が、平成23年3月期から平成27年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反で、東京地検特捜部に逮捕され、同年12月10日に、同各事実で起訴されるとともに、平成28年3月期から平成30年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反の事実で再逮捕され、同事実で、平成31年1月11日に起訴された。

上記の平成23年3月期から平成27年3月期まで及び同28年3月期から同30年3月期までの連結会計年度の有価証券報告書虚偽記載の金融商品取引法違反の各事実については、ゴーン氏及びケリー氏の起訴と同時に、法人としての日産自動車も起訴されている。

イ 有価証券報告書虚偽記載罪の犯罪主体は「報告書の提出者」である

有価証券報告書虚偽記載罪を規定する金融商品取引法197条1項1号は、「有価証券報告書若しくはその訂正報告書であつて、重要な事項につき虚偽の記載のあるものを提出した者」を罰するとしており、「虚偽記載罪」の犯罪行為は「虚偽の記載をすること」ではなく、「虚偽の記載のある報告書を提出すること」であり、犯罪の主体は、「報告書を提出する義務を負う者」である。

ウ 両罰規定は「代表者等の犯罪行為」を前提に法人を処罰するものである

本件で、法人としての日産が起訴されたのは、同法207条第1項第1号の両罰規定の「法人の代表者・従業者等が、犯罪行為をした場合、行為者を罰するほか、法人に対しても罰金刑を科する」との規定に基づくものであり、「行為者」についての犯罪成立を前提に、法人たる日産に罰金刑を科するものである。上記のとおり、有価証券報告書虚偽記載罪は、虚偽の報告書を提出する行為であり、代表取締役社長が提出者なのであるから、法人の処罰は、代表取締役社長の犯罪行為を前提とするものである。 

エ 過去の有価証券報告書虚偽記載事件での刑事処罰見送りの理由

過去に、粉飾決算等で有価証券報告書の虚偽記載で、会社が巨額の課徴金納付命令を受けたにもかかわらず、法人に対しても代表者・従業員個人に対しても刑事処罰が行われなかった事例は多数ある(2006年の日興コーディアルグループ、2008年のIHI、2015年の東芝など)。それらは、代表取締役として有価証券報告書を作成提出した個人について、「粉飾決算の認識、虚偽記載の犯意が認められない」ことから犯罪成立が立証できないとの理由で、証券取引等監視委員会の告発も見送られ、刑事処罰が行われなかったものだった。

一方、2006年のライブドア事件、2012年のオリンパスの事件等では、有価証券報告書の作成・提出者の代表取締役を含む役職員が犯罪行為者とされ、併せて法人が告発されて、刑事処罰が行われた。

このように同じ有価証券報告書虚偽記載の事件でも、課徴金納付命令のみにとどまり刑事処罰が行われない事例と、刑事処罰が行われる事例があるが、その違いは、有価証券報告書の作成・提出者の代表取締役が、重要な事項について虚偽の記載があると認識していたかどうか、という犯意の有無によるものである。

これを本件についてみると、日産の場合、有価証券報告書は、代表取締役社長(CEO)の名義で作成提出されている。

日産が法人として起訴された有価証券報告書のうち、平成23年3月期から平成28年3月期の作成提出者は代表取締役CEOのゴーン氏、平成29年3月期及び平成30年3月期については、代表取締役社長(CEO)の職にあったのは被疑者であり、これら2年分の有価証券報告書の作成・提出を行ったのは被疑者である。

したがって、かかる2年度分の有価証券報告書については、被疑者が「(重要な事項について虚偽の記載があることを認識して)報告書を提出した」という事実がなければ、法人としての日産が刑事責任を問われることはない。

検察官は、平成29年3月期及び平成30年3月期について報告書を提出する義務を負う代表取締役の被疑者の犯罪行為を立証する証拠が十分と判断したからこそ、法人としての日産を起訴したのであり、そのことを前提とすれば、被疑者について「犯罪を証明する証拠が不十分」ということは、論理的にあり得ない。

オ CEOの被疑者の関与なしにゴーン氏の報酬「確定」はあり得ない

ゴーン氏に係る金融商品取引法違反について、検察官は、各連結会計年度のゴーン氏の役員報酬の一部が退任後に支払われることとされ、その支払が確定していたのだから、各年度の役員報酬に含めて算定し、有価証券報告書のゴーン氏の役員報酬額の欄に記載すべきだったとして、同氏を起訴したと報じられている。

被疑者が代表取締役社長(CEO)の地位にあった平成29年3月期及び30年3月期については、経営最高責任者の被疑者が関与することなく、日産のゴーン氏への支払を確定させることはできないはずである。検察官が主張するように、退任後のゴーン氏への支払が「確定していた」のであれば、被疑者が、その「確定」に関与していたことになる。

実際に、マスコミ報道(朝日、日経、NHK等)では、被疑者は、「退任後の報酬の合意文書」、すなわち、ゴーン氏の退任後にコンサル契約や同業他社の役員への就任などを禁止する契約の対価として支払う報酬額を記載した「雇用合意書」というタイトルの文書に署名していると報じられている。

平成29年3月期及び30年3月期については、経営最高責任者である代表取締役CEOの被疑者が合意書に署名しているからこそ、検察官は、退任後の支払が確定しており、その金額を含まないゴーン氏の役員報酬についての記載が虚偽だと主張しているのである。そのようにして、ゴーン氏の退任後の報酬の支払を確定させることに関わったのであれば、被疑者に、退任後の支払についての「認識」があり、「故意」があることは明らかである。

だからこそ、各年度の有価証券報告書を、「代表取締役社長西川廣人」の名義で提出した被疑者の行為が、「虚偽の有価証券報告書を提出した金融商品取引法違反の犯罪行為」に該当するとされ、法人としての日産が起訴されているのである。

(2)告発人が告発に至った経緯

上記のとおり、平成29年3月期及び平成30年3月期の連結会計年度の日産の有価証券報告書の虚偽記載で、法人としての日産が起訴されているのであるから、検察官は、代表取締役社長として各報告書を作成提出した被疑者が同虚偽記載罪の犯罪行為を行ったことを前提に、両罰規定を適用して法人を起訴したことは否定し得ない事実である。

ところが、平成31年1月10日に、検察官が、ゴーン氏、ケリー氏とともに、法人として被疑者が起訴されたことが報じられたにもかかわらず、上記連結会計年度の有価証券報告書の虚偽記載についての代表取締役社長の被疑者が刑事処分されたことについての報道が全くなかったことから、告発人は、同月23日に、被疑者の刑事処分を求めて告発に及んだものである。それに対して、告発人に平成31年4月26日付けで不起訴処分を行った旨通知があり、理由の開示を求めたところ、令和元年5月17日付けで「嫌疑不十分」の理由による不起訴処分を行った旨の通知があった。

しかし、上記のとおり、本件においては、検察官が、法人としての日産を起訴していることに照らせば、被疑者の犯罪成立を認めているということであり、「嫌疑不十分」を理由とする不起訴処分はあり得ない。

そこで、告発人は、明らかに不当な不起訴処分を是正すべく、検察審査会に対して審査を申し立てることとしたものである。

(3)ヤミ司法取引の疑い

なお、上記のとおり、検察官にとって、日産の代表取締役社長の被疑者を「嫌疑不十分」で不起訴とすることはあり得ないにもかかわらず、そのような裁定主文による不起訴処分の通知が行われたことに関して「ヤミ司法取引」の疑いがあることも、本件審査に当たって考慮されるべきである。

日産が、社内調査の結果を検察官に持ち込み、同社の会長であったゴーン氏に対する捜査及び処罰を求めた際に、検察官と被疑者との間に、被疑者について刑事立件を行わず、告発等があっても不起訴処分とすることを条件に、日産の社内調査結果を検察に情報提供し、捜査に全面協力する合意があった疑いである。

本来、かかる合意に基づいて、検察官が被疑者を不起訴にしたとすれば、「検察官は、犯人の性格,年齢および境遇,犯罪の軽重および情状ならびに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは,公訴を提起しないことができる」と規定して検察官に訴追裁量権を認めている刑訴法248条に基づき、犯罪事実が認められることを前提に不起訴とする「起訴猶予」を裁定主文とする不起訴処分が行われるはずである。

しかし、昨年6月施行の刑訴法改正により「日本版司法取引」が導入されて以降は、他人の刑事事件の捜査公判に協力することの見返りに、協力者の刑事処罰を軽減ないし免除することが可能とする制度が導入されているのであるから、検察官は、被疑者との間で上記のような合意を行い、それに基づいて不起訴処分としたのであれば、同制度に基づく正式の「合意」が検察官と被疑者との間で行われなればならないはずであるが、そのような合意が行われたことは、一切明らかにされていない。すなわち、被疑者は、検察官との間の「ヤミ司法取引」によって不起訴になったということなのである。

そのような事実が明らかになれば、検察官及び今も日産の代表取締役社長である被疑者が、厳しい批判を受けることになので、検察官は、「ヤミ司法取引」による不起訴が明らかにならないよう、処分理由を「嫌疑不十分」として不起訴理由通知を行った疑いが濃厚である。

もし、検察官が、本当に、被疑者を「嫌疑不十分」で不起訴にしたのであれば、検察官として凡そあり得ない、明らかに不当な不起訴処分であり、検察審査会の議決によって是正されるべきである。一方、実際には、「起訴猶予」で不起訴にしているのに、処分理由を「嫌疑不十分」と通知したことが判明した場合には、本件の不起訴処分理由通知書が、虚偽有印公文書に該当することになり、かかる文書を作成送付した検察官の行為は、虚偽有印公文書作成・同行使罪に該当することとなるので、検察審査会において、同罪による告発等の適切な措置がとられるべきである。

市民から無作為に選ばれた審査員の皆さんには、上記の「不起訴処分を不当とする理由」を読んで頂ければ、検察官による「嫌疑不十分」による不起訴処分が明らかに不当であり、起訴して裁判所の判断に委ねるべきであることが十分に理解されるものと確信している。

郷原 信郎 弁護士、元検事
郷原総合コンプライアンス法律事務所