忍耐強く長く集中できなくなった現代:短絡的な消費志向の怖さ

2019年06月16日 14:00

最近のニュース番組は個別ニュースについて昔よりやや簡素な報道姿勢に変わってきているように見えます。ほぼ事実関係だけを短めに伝え、それ以上のことは新たな事実が分かり次第、小出しに報じるという感じでしょうか?

acwork/写真AC(編集部)

最近、テレビで2時間映画を見た方はいらっしゃるでしょうか?有線の映画専門チャンネルではなくて地上波の番組の映画です。映画自体の放送が稀になってきました。なぜでしょうか?2時間、茶の間に釘付けになれないこともありそうです。長く束縛されるのが嫌だし、コマーシャルは長いし…ということでしょう。

多くの方はYouTubeもご覧になると思います。しかし、あまり長いものは私も見ません。私にとってYouTubeで耐えられる長さはどのぐらいか、といえば多分、10分程度かもしれません。なぜ、YouTubeで長いものを見たくないか、といえば画像そのものが基本的に盛り上がるシーンだけを抽出しているため、驚きが維持できないと言ったらどうでしょうか?

例えば2時間映画や連続ドラマは最初から盛り上がるわけではなく、ストーリー性と展開という連続性の中で盛り上がったり感動したりするシーンがちりばめられています。ところが現代の人は端的な例で言えば007の映画でスリリングなアクションシーンだけを見るようなものでしょう。

日経ビジネスの「世界の最新経営論」に登場するドミニク テュルパン教授を少し前にここでご紹介したと思いますが、氏が別の号の経営論で興味深いことを記しています。

マーケティング戦略のマネージメントではスピードがますます重要になっている。売ろうとする商品やサービスについて優れた分析だけでは不十分だ。戦略を実行する場面ではスピードこそが重要だと言える。グーグルで何でも検索することに慣れてしまった人々の多くはもはや250ページの本を時間をかけて読むことを耐えられない。

氏の指摘する今すぐ結論を求める現代のスタイルは正しく捉えていると思います。しかし、私が怖いのはこれを聞いた多くの企業の戦略担当者が「より短い強いメッセージこそ、現代社会が求められている方法だ」と考え、その傾向がより強まることであります。

その時、メッセージの受け手である一般大衆はごく短いキャッチコピー的なメッセージは理解できても、小説を理解し、映画を楽しみ、音楽をじっくり聴き、商品を理解し、感性をじわっと高めることが今後の社会において可能なのか、私には大いに疑問符がつくのです。

経営理論を振りかざす専門家を否定する気は全くないのですが、それがトレンドだといった瞬間、それが正論だという帰着点になるという現代社会の短絡性を学者たちは理解しているのでしょうか?

全てを短い表現の中に抑え込み、エッセンスだけをつまみ食いすることは、何でも知っているけれど強烈なファン層にはなりにくいという仮定を立てたらどうでしょうか?

例えばおいしい店をネットで探す場合、評価点の高い店の写真を見て、メニューをチェックしてコメントを事前に読み込みます。いざ、その店でその食べ物がサーブされた時、感動は薄れているはずです。「なるほど、言う通りだ。」であります。こういう客はリピーターにはなりにくくならないでしょうか?

つまり、経営理論で引き付けることができても顧客を括りつけ、ファン層を育てることには失敗するかもしれません。私は経営学者ではありませんが、経営をずっとしてきていますので肌身でわかることはたくさんあるのです。多くの飲食店は雑誌などに紹介されても1年後にはなくなっていることはざらに起きています。

それは経営者がギミッキー(手品のような)な手法で消費者を一時的にマヒさせることもあるからでしょう。人間とは他人から言われたことを頭で理解するのではなく、自分の判断力を持つ感性を持った高等な動物である、という認識が現代の経営には欠如しつつあるように感じます。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年6月16日の記事より転載させていただきました。

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