男女共同参画社会と父の日

2019年06月17日 14:00

父とは何か。自分語りでしかないが、実はこれは私が人生で向き合っている問いの一つである。

私が11歳のときに、脳腫瘍により39歳で早逝した父。私が生まれる前から既に闘病生活が始まっており。入院期間も長く。洋書を読み、ノートや原稿用紙に向かう姿や、かっこよく、美味しそうに珈琲やタバコを嗜む様子は目に焼き付いている。ただ、父としての振る舞い方が未だによくわからない。

父の日なるものもそうだ。この日を認識したのはわずかで。何をどうお祝いするのかもわからない。

自分語りはこれくらいにするが、そもそも父親像なるものも常に変化している(はずである)。そもそも父の何に感謝するのか。

娘が生まれて2回目の父の日。今年は出勤だった。オープンキャンパスだった。おかげさまで大盛況。たくさんの高校生、保護者の質問を受ける1日だった。ぐったりして帰宅。

「パパ、ありがとう」というケーキや花があるのではと妄想していたが、まったくなく。いや、それどころではなく、先週の発熱、さらには、麻疹や手足口病の疑いがあり。それどころではなかった。いつもどおり、私は夕食をつくり。翌日、会社を休めるように、妻はテレワークで仕事を始め。私は娘をひたすらあやす。

結局、お祝いイベントはゼロ。リクルートの創業者江副浩正の「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」を実践するべく、自ら「パパありがとう」と書いたケーキや花を買いに行こうとしたが、やめた。

でも、これでいいと思う。

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父の日という記念日を否定するつもりはない。ただ、誰もが結婚、出産する時代ではなく。さらに共働き夫婦が増え、男性も家事・育児に参加する時代である。父の何に感謝するのか、どうやって感謝するのかは変化するべきだろう。稼ぐこと、育てることの役割分担が変わっている。家庭によっては男性が圧倒的に稼いでいるとは限らない。

このように、○○の日に、誰に何をどうやって感謝するかは今後も変化していくべきだろう。これにのってデパートやスーパーに踊らされて、お惣菜セットを買っている場合ではない(これも日本経済に貢献しているのだけど)。

花もケーキもなかったが(粘着しているわけではない)、家族を体感することはできた。ロック少年のまま45歳で父親をできていることに、私が感謝することにする。ありがとう。


編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2019年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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