天に仕える

2019年06月28日 16:00

江戸時代の儒学者・佐藤一斎は『言志四録』の中で、「自ら欺かず。之れを天に事(つか)うと謂(い)う…なによりも自分で自分を欺かず、至誠を尽くす。これを天に仕えるという」(『言志耋録』第106条)と言っています。「天に仕える」とは私として一言で言えば、仕事を通じ世のため人のために役立つことをする、というのが具体的な意味ではないかと考えます。

私は嘗て、『何のために働くのか』というに次の通り書きました--東洋思想では、仕事とは天命に従って働くことだと考えます。仕事という字を見てください。「仕」も「事」も「つかえる」と読みます。では誰に仕えるのかといえば、天につかえるのです。天につかえ、天の命に従って働くというのが、東洋に古来からある考え方です。

働くとは「傍楽」であり、その行いによって「傍(はた)を楽にする」こと、つまり社会のために働くことであり、「公に仕える」ことです。日本の伝統的な仕事に対する考え方とは、正に「公に奉ずる」というものです。日本人が好んで使う「志」という字に、それはよく現れています。志は十に一に心と書きますが、此の「十」は多数のことで一般大衆を意味し、「一」は多数の取り纏め役でリーダーあるいはリーダーシップを意味します。

つまり志とは、「理想を掲げリーダーシップを発揮して大衆を引っ張って行く。そういう責務を持って、世のため人のために尽くすもの」だと私は定義しています。従って此の志の高さによって、やろうとする心・自らを律する強さも変わってくるのです。『近思録』にあるように、「志小なれば足り易く、足り易ければ進むなし」であります。

佐藤一斎は冒頭挙げたの中で、「人は須らく、自ら省察すべし。天、何の故に我が身を生み出し、我をして果たして何の用に供せしむる。我れ既に天物なれば、必ず天役あり。天役供せずんば、天の咎(とがめ)必ず至らん。省察して此に到れば則ち我が身の苟生すべからざるを知る」(『言志録』第10条)とも言っています。

ここで言う「天役」とは、自分の天職と思える仕事を通じて天に仕えること、社会に貢献すること、即ち世のため人のために仕事をすることです。仕事を自分自身の金儲けのためや自分の生活の糧を得るためのものだと考えると、人生は詰まらないものになります。世のため人のためになることをするからこそ、そこに生き甲斐が生まれてくるのです。そして私は、自分の天分を全うする中でしか此の生き甲斐は得られない、と思っています。

『論語』の「尭曰(ぎょうえつ)第二十の五」に、「命を知らざれば以て君子たること無きなり」という孔子のがあります。己にどういう素質・能力があり、之を如何に開拓し自分をつくって行くかを学ぶのが、「命を知る」ということです。一角の人物になるためには、どうしても天命を知り、天職を得るような志を立てる必要があります。

それによって、最終的に「楽天知命…天を楽しみ命を知る、故に憂えず」という境地に到るのです。天命を悟り、それを楽しむ心構えが出来れば、人の心は楽になるという意味です。そうやって天に仕える身として常に自らの良心に背くことなく、社会の発展に尽くすべく仕事の中で世のため人のためを貫き通すのです。

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