車両暴走事故:統合車両制御システムにスキはないか? --- 水野 信夫

寄稿

最近の自動車の中には高度に統合化された車両制御システム(以下統合車両制御システムと書く)を採用しているものがあります。その中には、制御システムがあらかじめ車両の限界を予測して人間の操作に優先してブレーキを操作するものもありまさに我々の生殺与奪権を握っているといっても過言ではありません。

亡くなった母子2人を含む10人の死傷者を出した池袋の暴走事故車両(NHKニュースより:編集部)

運転者の操作がそのままブレーキ動作につながっていた頃は、路面に急ブレーキ痕が無いことは運転者が適切にブレーキ操作をしなかったことを直接意味していました。しかしブレーキ操作まで制御システムの判断が優先される車両では路面に急ブレーキ痕が無いことは運転者がブレーキを適切に操作しなかったことをそのまま意味するものとは限りません。

運転者が誤操作をする可能性があると同様に、確率は低いものの車両に組み込まれた制御システム自体も誤認識・誤動作の可能性を含んでいます。そこでこうした予測機能を含んだ統合車両制御システムについて考えてみることとしました。

今までと別の視点から、一つの可能性について触れて疑問を呈すこととしたい。これはあやゆる観点からより完成度の高い安全なシステムを目指すプロセスとして事故の再調査、再点検を望むものです。

1. 統合車両制御システムの予測は万全か?

高度に電子化された車両ではトラクションコントロールシステム(TCS)、アンチロックブレーキシステム(ABS)やその他のシステムからの情報をコンピューターで統合して全体的にシステムの動作を制御しているものもあります。こうした統合された車両制御システムでは運転者の操作と車両の挙動を常に把握することで、「車両の挙動が限界に至る前から制御を開始」することで、車両姿勢を安定させることを謳っているシステムがあります。

現在の状態だけでなくTCSやABS等の情報を統合して先を予測して「限界に至る前から制御」するもので運転者の操作に介入・オーバーライドするものとなっています。

ここで「限界に至る前から制御を開始」という言葉に注目していただきたい。ここで行われる「制御」には、システム側があらかじめ予測した独自の「限界」を持っており、それを元に制御をするものです。万一、前提となる入力が誤っているとそれを元にシステム側が予測した「限界」そのものが間違っている可能性も否定できません。

予測型の統合車両制御システムで「限界」を予測するためには直前の情報が不可欠ですので車両の発進の際には直前の停止時の情報を、停止の際には直前の走行状態の情報を相互に利用して路面状況をあらかじめ予測し車両の挙動制御に活用しているものと思われます。ここで誤った情報が受け渡されていてもシステムは確実に安全側の動作をするのでしょうか?

2   トラクションコントロールシステム(TCS)の限界と異常な入力

統合車両制御システムの一角を構成するトラクションコントロールシステム(TCS)は車両の発進・加速の際の車輪の駆動力を制御し、タイヤの空転を防ぎ車両を安定させるシステムです。車両の原則や停止の際の制動力を制御して車両を安定させるアンチロックブレーキシステム(ABS)とは作動する場面が加速と減速で異なりますが、表裏をなす類似のシステムと言えます。

どちらのシステムも通常、車輪からの力(駆動力や制動力)、車体の加速度、車輪の回転をモニターしそれらから間接的に路面とタイヤの関係を推測しています。TCSでは大きな駆動力で踏み出したらそれに見に合う加速度で車体が加速しているかをモニターすることによって車輪と路面の関係を間接的に推測しています。

時々刻々変化する路面の状態そのものを直接モニターしているものではありません。普通の走行の場合はタイヤを含めた車体とそれに接する路面の2つの要素で構成された力学上の計算モデルで物理現象ともよく一致することでしょう。

しかし車体の一部の何らかの引っ掛かりを原因とした異常な力の作用があった場合はどうでしょうか?例えば従動輪が高い段差に引っ掛かることで生じる反力が作用することにより駆動輪が空転する現象と「滑りやすい路面でのタイヤの空転」は区別できません。また車体をガードレール等に引っかけたことによる走行抵抗の増加と砂利道や泥濘炉による走行抵抗の増加も区別できません。

つまり車体の一部の引っ掛かりを起因として力学上の計算モデルで想定していない異常な力の作用があると普通の路面であっても氷雪路のような滑りやすい路面や砂利道のような走行抵抗の大きい路面とTCSが誤認識をしてしまうことが考えられます。

これら引っ掛かりを振り切る際の異常な力から「滑りやすい路面」や「走行抵抗の大きな路面」と誤認識し、このような誤った情報が統合制御システムを介してブレーキシステム側に受け渡されれば、普通の路面であるにもかかわらず誤ったアンチロック動作をして必要以上に油圧ブレーキの制動力を抑えてしまうことがあるのではないでしょうか?

3  予測型の統合車両制御システムにスキはないか?

いままで書いたことは単なるspeculation(考察、憶測)の一つにすぎませんが、どんな異常な運転状態、異常な情報の受け渡しがあっても予測型の統合車両制御システムはそれらを必ず排除し必ず正しく「車両の限界」を予測し確実に安全な動作をすることが保証されているのでしょうか?

TCRもABSも単体で利用している場合は実際の滑り出し挙動をモニターして運転者の操作を補完する動作までしか行いませんので、運転の主役である人間の認識から大きくズレる動作をすることはありません。一方、それらを統合し、システムが独自に予測する「限界」を前提に「限界に至る前」から運転者の操作に優先する動作をするものであるならばどんなに異常な信号が入力されても絶対に「限界」の予測を非安全側に誤ることがないことが保証されているのでしょうか?それにはどのような原理を用いているのでしょうか?

予測型の統合車両制御システムもこれまでの実績から非常に高い完成度のシステムであることは疑いのないことでしょう。しかしどんな異常な情報が受け渡されても確実に安全側の動作をする万全なものなのでしょうか?良かれと思って行ったことが特殊な状況下では思いがけない悪影響を及ぼす場合もあります。

ブラックボックスを調査せよ!

これからの事故調査では予測型の統合車両制御システムが万全であるという先入観を捨てて異常な状態による情報の受け渡しがあれば不適切な動作をする可能性が残ることを前提として徹底した再調査を行うべきです。

ユーザーはブラックボックスの中を見ることはできませんのでそれが万全のものとして信頼するしかありません。

だからこそ事故調査に携わる方々にはユーザーの信頼に応えられる真摯な姿勢での調査、事実公表を是非お願いしたい。

過去の事故に遡り、ブレーキを踏んでも利かなかったと運転者が証言している事例では

  • 暴走の直前に運転者が車両の引っ掛かりを強引に振り切るような操作をして予測型の統合車両制御システムに異常な信号が入力されていないか?
  • 制動動作の際に統合車両制御システムからの異常な制御信号により、ABSが不必要なアンチロック動作をしたり過剰な回生ブレーキ動作をしていないか?

の2点を改めて再点検する必要があると私は思います。

水野 信夫 機械工学関連技術者
エネルギー関連企業に30年以上勤務。