人はなぜ「不安」に駆られるのか:トルコ大統領の野心の裏

2019年06月30日 11:30

ロシアの民族主義政党「祖国」の指導者で実業家、ドミトリー・ロゴージン氏はツイッターで「楽天主義者は英語を学び、懐疑主義者は中国語を学ぼうとする。そして現実主義者はAK-47(ミハイル・カラシニコフが製造した自動小銃)の使い方を学ぶ」と述べている。

英語は国際言語として世界で活躍するためには必修の言語だ。未来に楽天的な人間は英語を学んで世界に飛び出そうとするが、中国が世界第2の経済大国に躍進したきた今日、中国語を学ぶことが大切となってきた。

しかし、現実の世界を見るならば、いつ大国間で戦争が発生するか分からなくなってきたから、自己防衛のために旧ソ連製カラシニコフの自動小銃の扱いぐらい知らなければならない、といったロシア愛国者のメッセージだろう。

東西欧州を分断した冷戦時代は終焉し、自由に世界を行き来できる時代が到来したと喜んだのも束の間、21世紀に入って、未来への黄金の見通しは次第に変色し、2015年夏以降の中東・北アフリカからの大量の難民・移民の欧州北上に直面すると、冷戦時代に切断した“鉄のカーテン”を再び持ち出す時間もなく、欧州では国境線の管理強化に乗り出す国が増えてきた。

同時に、反難民、外国人排斥運動が台頭し、イスラムフォビアも席巻。その一方、大国間で軍備拡大の動きが加速してきた。`第2の冷戦時代`が到来した、と警告を発する政治家も出てきた。

21世紀の時代のトーンは「不安」だ。時代が動き、科学技術が発展し、IT通信技術で24時間、どこでも対話、通話でき、地球上で起きている全ての出来事をリアル・タイムで体験できる時代に入った。にもかかわらず、前世紀の人間より、現代人は「不安」に駆られる。

「不安」の正体が解明できれば、「不安」は自然解消するが、「不安」の正体がつかめない。退職後の夫婦の老後資金には「2000万円の蓄え」が必要というニュースが流れたから「不安」なのではない。もしそうならば、老後資金を「2001万円」を貯金している夫婦は「不安」から解放されることになるが、実際はそうとはいえない。少子化による人口急減による社会福祉体制の崩壊も大きな懸案だが、それが21世紀の人間が感じる「不安」の正体とは思えないのだ。

エルドアン大統領、マクロン仏大統領と首脳会談(2019年6月28日、大阪G20サミット会議で、トルコ与党「公正発展党(AKP)」公式サイトから)

ところで、政治の世界にも「不安」が大きな影響を与えている。

政界では正体不明の「不安」を利用して人々を扇動するポピュリストたちが登場してきた。そして当然の帰結だが、「不安」を効果的に煽るためにどうしても「敵」が必要となる。「敵」がはっきりすると、漠然としていた「不安」に、持続性のある感情、「憎悪」が生まれる。そして「不安」と「憎悪」が結合するわけだ。

例を挙げる・トルコのエルドアン大統領は軍のクーデター未遂事件後、非常事態宣言を敷き、「不安」にかられるように強権を発揮し、2017年4月には議会内閣制から大統領制へ移行する憲法改正を問う国民投票に僅差で勝利した。国内では強権政治を展開し、言論・メディアの自由を制限する一方、米国亡命中の反体制指導者ギュレン師をクーデター未遂事件の黒幕と断言し、民主化運動家を次々と拘束していった。エルドアン大統領の行動の原動力には政治的野心もあるが、それ以上に「不安」がある。

エルドアン大統領はトルコ最大の都市イスタンブールの選挙のやり直しを命じた。「イスタンブールを統治する者はトルコを統治する」といわれてきたが、そのイスタンブールで反政府指導者が統治することにエルドアン氏は強い「不安」を感じたからだ(エルドアン氏は1994年から98年までイスタンブール市長を務めた)。

エルドアン氏は同市の選挙のやり直しを命じたが、結果は前回選挙以上の大差で野党指導者が勝利し、エルドアン大統領の与党「公正発展党」(AKP)の候補者は敗北した。エルドアン大統領の場合、国民に「不安」を煽ることでその統治力を強化する一方、自身もその「不安」に踊らされている、典型的な実例だ。同じことがロシアのプーチン大統領や金正恩朝鮮労働党委員長にも言えるだろう。「不安」が彼らの大きな政治的原動力となっているのだ。

いずれにしても、21世紀に入り、「不安」から旧ソ連製のカラシニコフ自動小銃を手放せられない、ということは不幸だ。ビッグ・データを駆使しても明るい未来像を描くことは容易ではない。人生の悲観論者にならないためにも、我々の周囲に漂う「不安」の正体を知り、対策を講じなければならない。

明確な点は、私たちを取り巻く科学的、物質的世界が飛躍的に発展した一方、それに呼応すべき人間の精神的、霊的世界の発展が滞っているように感じることだ。この両世界の乖離が21世紀に入ってより鮮明に感じられてきた結果、焦りにも似た「不安」が生まれてきたのではないか。個人から社会の隅々までに「不安」が覆ってきたのだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月30日の記事に一部加筆。

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