患者さんに悪い知らせを告げる術を身につけよ

2019年07月09日 14:00

「Deep Medicine」という本をようやく読み終えた。集中して読む時間が確保できず、長時間かかってしまったが、最後の「Deep Empathy」の章が印象に残った。人工知能(AI)を利用した医療が進むであろうことを紹介した本だが、最後の部分は私が今の日本に医療に対して警鐘を鳴らしている「患者を診ない医師」に関しての批判だった。

病気を診て、病人を診ない医療が問題視されて久しい。Empathyを英和辞典で調べると「共感」「感情移入」と出てくるが、この本で述べていたEmpathyは「患者さんの立場になって考える気持ち」と説明するのがわかりやすいだろう。

前にもこのブログで取り上げたことがあるが、腹水が溜まっているにもかかわらず、画像を見るだけで、数か月に渡って患者さんの腹部に一度たりとも触れなかった医師が、国立がん研究センター中央病院にいた。患者さんが、私が紹介した医師に、優しい言葉を投げかけられて腹部の触診を受けた時に、心が癒されたとの連絡があった。医療で重要なことは、患者さんが医師を信頼し、それによって心に落ち着き・安らぎを持つことだ。

写真AC:編集部

医療現場から、医療でもっとも重要な人と人との信頼関係が失われている。患者さんは大きな病院、中核拠点で医療を受けたいと願っているが、そこで得られる医療が、本当に患者さんが満足できる医療とは限らない。北京への出張中に、久坂部羊氏の「悪医」という小説を読んだが、余命を宣告した医師と宣告されたがん患者さんとの心の葛藤が描かれていた。

意味のない抗がん剤治療を受けるよりも、残された時間を有意義に過ごした方が良いと告げた医師に対して、患者さんは見捨てられたと受け止め、医師に怒りをぶつける。その患者さんが亡くなるまでの、患者さんの苦悩と怒り、医師が自問自答する姿が、今のがん医療を映し出している。

死が数か月先に待っているとわかっていて、有意義な時間を過ごせるかどうか、私には疑問だ。少なくとも楽しい時間を過ごす自信は、私にはない。そして、希望を持つためにはお金が必要な現状はよくないとは思うものの、私の力では如何ともしがたいものがある。混合診療の問題もあり、がん研有明病院では私の力は無力に等しい。どんなことでもいいから、安らぎをと思っても、できることなど限られている。帰国1年、どんな貢献ができたのかを考えると悲しくなってくる。

そして、「Deep Medicine」に戻るが、「Empathy」の章で、医師ー患者間の関係で欠かすことができないことが、患者さんに悪い知らせを伝える術だと筆者は述べていた。そして、これは絶対に人工知能には置き換えられないものだとも。そして、「SPIKES」として重要な6項目をまとめていた。

  • Setting: 非常にプライベートな環境を提供すること(ざわざわとした環境で無造作に伝えないこと、この括弧の中は私の補足)
  • Patient perspective;患者さんの置かれている状況を理解すること (患者さんの単なる統計学的な対象ではない)
  • Information; 患者さんや家族がどこまで知りたいのかを考えること (金太郎飴のように画一的に告げるのではなく、患者や家族の表情を見て、気持ちを推し量りながら知りたいことを告げる)
  • Knowledge; 悪い知らせを告げたあと、患者さんの声を聴くこと(一方的に告げて、ハイ終わりにしないで、悪い知らせをどう受け止めているのか、患者さんや家族の声に耳を傾けること)
  • Empathize; 患者さんの気持ちになって「この知らせを聞くのは辛いことだと思います」などの共感を示すこと (心底からこのような気持ちを持てればいいが、少なくとも理解しようと努めて欲しい)
  • Strategize next steps; 次に何ができるのかの戦略を示すこと (この病院に来なくてもいいとの一言で終われば、医者はいらない。ロボットで十分だ)

触診もしない医師にこれを期待するのは無理かもしれないが、医療の現場から共感する気持ちが失われ、Humanismがなくなっている現状の改善は絶対的に必要だ。私は、人工知能が医療現場での医師や看護師の負担を軽減して、人と人とのふれあいの時間が増え、医療現場に暖かさが戻ってくるのを願ってやまない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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