武器売却決定の報を米国で聞いた蔡英文、中国の非難を一喝!

高橋 克己

先月の民進党総統候補選びで頼清徳氏に逆転勝利した蔡英文台湾総統は、7月11日から12日間の予定でカリブ海諸国を外遊中だ。台湾と国交を維持しているハイチなど4ヵ国を歴訪するのだが、往きに立ち寄る米国での台湾アピールも極めて重要な目的の一つだ。

ニューヨークを訪れた蔡総統(台湾総統府HPより:編集部)

というのも蔡総統の米国滞在中の12日に、先月27日に米上院で可決された22億ドルの台湾への武器売却を含む2020会計年度の国防権限法案(NDAA)が下院でも承認される予定だったのだ。法案は首尾よく下院を通過、今後、トランプ大統領の署名を経て成立する。

米国防総省の発表では、M1A2Tエイブラムス戦車108両、スティンガー対空射撃ミサイル250基そして対戦車ミサイル1,500発が今回の売却に含まれる。VOAによれば、中国報道官がこの武器売却は「中国の内政を深刻に侵害し、中国の主権および安全保障上の利益を著しく損ねる」、「すぐに取引を中止せよ」と述べ、関与した米企業への制裁を示唆したようだ。

蔡総統が12日にニューヨークで、この中国の声明に対し「我々が防衛能力を強化する機会を模索するのは非常に正当なことだ。隣人はおきまりのように四の五の言う必要はない」と述べ、「中国が蔡氏の訪米に反対していることにも『古い友人に会い台湾の民主主義の発展について話し合うためだ』と反論した」と13日の産経が報じた

産経は「『四の五の言う』は中国外務省が他国を批判する際に使う言葉で、慎重な表現を好む蔡氏が中国を指して用いるのは異例だ」とも書いている。「今日の香港、明日の台湾」との語も出来た香港大規模デモの追い風で総裁候補戦を勝ち抜いた蔡総統の、実に自信溢れる様子がうかがえる。

その蔡総統、12日の台湾中央社は、米外交誌Foreign Policyが10日に「香港で先月起きた大規模な抗議デモが、同時期に台湾で行われていた与党・民進党の次期総統選の公認候補を決める党内予備選で、反中姿勢を堅持する蔡英文総統を勝利させた要因になった」と報じている。

些か手前味噌だが筆者も「台湾総統選に香港から追い風、民進党候補は現総統の蔡英文に決定」と6月14日に書いた。7月8日に始まった国民党の候補者選びは15日に結果が発表されるが、郭台銘の要望にも関わらず固定電話だけの世論調査になった。なので韓国瑜高雄市長が有利かといえばそうとも言えない。

郭台銘氏(公式FB)、韓国瑜氏(Wikipedia):編集部

高雄では今年も例年以上にデング熱が流行し、ボウフラ退治の消毒で大わらわだ。しかし、騒ぎをよそに全国遊説で高雄を留守にしがちな韓市長が高雄市民の人気を落としているようなのだ。元来が民進党贔屓の高雄、大票田で票を落とすと本選での当選は覚束ない。来年の1月の本選まで何があるか判らないが、目下の勢いなら蔡英文の圧勝ではあるまいか。

毎回最も総統選の行方を左右するのは中国の干渉だ。百万単位で大陸にいる台湾人の動員や旅行者の絞り込みなどを含む様々な工作が予想される。が、中国にとって痛し痒しなのは香港であるに違いない。香港を抑え込もうとすれば市民の反発を招いてそれが台湾に伝播し、野党国民党にはマイナスに作用するからだ。

香港市民にとっても長期戦は不利に違いなく、今の勢いのままで逃亡犯条例廃案とキャリー・ラム長官辞任、あわよくば普通選挙獲得まで持ち込みたいところだ。ひとたび熱が冷めればデモの参加者が一本釣りで大陸に引っ張られよう。中国は台湾の総統選も睨んで、香港をずるずる持久戦に持ち込むと思う。

最後に再び武器売却に触れて本稿を結ぶ。

VOAは国務省のオルタガス報道官が「武器売却に関する台湾の関心は、この地域全体の海峡で平和と安定を促進することにある」「米中の3つの共同コミュニケと台湾関係法に基づいており、昔からある我国の一つの中国政策に変化はない」とブリーフィングで付け加えたことを報じた。

3つの共同コミュニケとは、1971年7月のキッシンジャー北京極秘訪問と同年10月の国連中共承認(米国は反対票)があった翌72年2月のニクソン大統領の上海コミュニケ、79年1月カーター大統領の中国承認コミュニケ(米台断交)、そして82年8月のレーガン大統領の8.17コミュニケを指す。

上海コミュニケでは以下が声明された。

1 中華人民共和国を唯一の政府として認める

2 台湾独立を支持しない

3 日本が台湾へ進出することがないようにする

4 台湾問題を平和的に解決して台湾の大陸への武力奪還を支持しない

5 中華人民共和国との関係正常化を求める

だが上海コミュニケも72年9月の日中共同声明も、中国を唯一の政府と認めるものの、台湾を中国の一部だとする中国の立場は、理解し認識しているだけなのであって、それを認めている訳ではない。これが報道官のいう「我国の一つの中国政策」の意味だ。

台湾への武器売却は79年4月に議会承認された「台湾関係法」に基づくが、「8.17コミュニケ」に際してレーガン大統領は、台湾への武器売却を止める時期を中国に確約したヘイグ国務長官を更迭し、「売却する武器の質と量は中国の台湾に対する脅威の度合い次第」との主旨の書簡を発している。

中国は何か事あるごとに台湾を口や行動で威嚇する。だが、その目的は多くの場合、国内向けだ。一方の米国もそのたびに台湾に武器を売却し、それはこのレーガン書簡に基づくものだ。筆者にはこれが台湾を利用した米国と中国の一種の予定調和に思えて仕方がない。無論、真相は知る術もない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。