バチカン:少女行方不明事件「墓は空だった」

2019年07月15日 11:30

バチカンのサン・ピエトロ大聖堂の傍にあるドイツ人巡礼者用のテウト二コ墓地(Campo Santo Teutonico)で11日、2つの墓が開けられたが、墓の中は空だった。バチカン側の許可を受けて墓を開けた関係者は唖然としたことだろう。最も驚いたのはその墓に中に36年前行方不明となった娘、エマヌエラ・オルランディ(当時15歳)の遺骨が入っていると信じていた家族関係者と墓の本来の持ち主の家族だろう。

▲36年前の少女行方不明事件に関連して墓を検証する(バチカンニュースのHPから、2019年7月)

▲36年前の少女行方不明事件に関連して墓を検証する(バチカンニュースのHPから、2019年7月)

遺骨ばかりか、棺もなかった。ローマからは法医学者や警察関係者が立ち会っていた。彼らは遺骨から性別、年齢などを測量し、36年前に行方不明となった少女との関係を検証することになっていた。

「墓は空だった」というニュースは墓地の外で待機していた多くのジャーナリストたちにも知らされると、同じように驚きの声が漏れたという。

今回の墓の検証は、オルランディ家の Laura Sgro弁護士に昨年8月、一通の匿名書簡が届き、その中で今回開いた墓の棺の中に「エマヌエラの遺骨が入っている」という情報が記述されていたことがきっかけだ。

書簡には2つの墓の写真も入っていた。そのため、同弁護士はバチカンのナンバー2、パロリン国務長官(枢機卿)に墓の再鑑定・検証の認可を要請したという経緯がある。

通称「オルランディ行方不明事件」は1983年6月22日に遡る。法王庁内で従者として働く家庭の15歳の娘、エマヌエラ・オルランディさんはいつものように音楽学校に行ったが、戻ってこなかった。関係者は行方を探したが、これまで少女の消息、生死すら分からずに36年の歳月が過ぎた。その間に様々な憶測や噂が流れた(「バチカン、少女誘拐事件に関与」2017年9月21日参考)。

「墓が空だった」と分かると、当然だが「バチカン側が事前に移動したのではないか」といった憶測が流れた。バチカンニュースのアンドレア・トル二エッリ編集長は、「考えられない」と一蹴する。今回の2つの墓に少女の骨があるという匿名の書簡は昨年8月、弁護士宛てに送られたというから、墓を開けるまでほぼ1年の時間があったわけだ。

すなわち、墓の中の遺骨などを移動させる時間は十分あった。トル二エッリ編集長は、「バチカンが墓を開けることを認めたのは決してバチカン側が事件に関与していたことを告白したからではない。人道的配慮からだ」と弁明している。

2つの墓は、一つは1836年に亡くなったソフィ・フォン・ホーエンローエ王女と1840年に死去したメクレンブルクのチャロッテ・フリデリケ公爵夫人の墓だ。ホーエンローエ家の墓には縦4m、横3m70cmの広い空洞があったという。地方の貴族出身者の墓だ。

妹エマヌエラの行方を捜してきた実兄、ピエトロ・オルランディさん(60)は、「故ヨハネ・パウロ2世がわが家を訪ね、エマヌエラはテログループに誘拐された可能性が高いと語ったことがある。今から考えると、初期捜査の方向をテロ関係者に恣意的に集中させるためにそのように語ったのではないかと思う」という。

また、「フランシスコ法王もわが家を訪ねて励ましてくれたが、法王が『心配しなくてもいい。エマヌエラは天国だから』と述べた言葉を今でも忘れることができない。まるでエマヌエラが既に亡くなっていることを知っているようにだ」と語り、「バチカンは我々以上に妹の行方を知っていることは間違いない」と強調している。

エマヌエラの行方不明事件に対してイタリアでは過去、多くの憶測情報が流れた。誘拐説、マフィア関与説などだが、いずれも実証されずにきた。イタリアの著名なジャーナリストはバチカンの文書に基づいてエマヌエラ生存説すら報じた。最近では、昨年10月30日、ローマのバチカン大使館別館の改装作業中、人骨が発見された。その時、イタリアのメディアでは、この人骨が1983年に行方不明となったエマヌエラではないか、といった憶測記事が流れた。法医学の調査結果、人骨は男性で、時代はエマヌエラが生まれる前だったことが判明したばかりだ。

今後の捜査の焦点は、墓に少女の遺骨があると伝えた匿名者の身元の割り出しだろう。同時に、昨年8月から今月11日までの間で墓の掘り起こしなど何らかの動きがあったかを墓周辺の監視カメラを検証し、不審な車や人の動きをフォローする必要がある。

墓に行方不明となった少女の遺骨が混ざっていたとすれば、墓から遺骨を出しても棺周辺にDNAなどが残っている可能性がある。証拠隠滅のためには棺全てをどこかに運ぶ必要があるから、墓地周辺で何らかの不自然な動きが必ずあったと考えざるを得ない。

また、墓の本来の持ち主の家族関係者に「墓が空だった」事情を聞く必要があるだろう。

少女が行方不明となって36年が経過したことから、捜査は容易ではない。事件関係者の自白などがない限り、解明はこれからも難しいかもしれない。残念ながら、36年前の少女行方不明発生直後の初期の捜査段階で何者かに捜査が操作されてしまったのではないか、という疑いを払しょくできない。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年7月15日の記事に一部加筆。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

過去の記事

ページの先頭に戻る↑