MTG第三者委員会報告書に登場した「リスキーシフト」について

MTGの不適切会計事件について、7月12日に第三者委員会報告書が公表されました。こういった報告書に関心がありますので一読いたしましたが、「なぜ誠実な社長さんのもと、誠実な役職員が不適切会計に至ったのか」といった原因分析(根本原因の究明)に、社会心理学の「リスキーシフト」の理論で説明がなされています(報告書79頁参照)。

Wikipediaより:編集部

かなりハイレベルな第三者委員会報告書と推察いたしましたが、不正の原因究明でリスキーシフトを持ち出すものは、これまであまりなかったと思います。リスキーシフトの解説は、報告書の該当箇所をご参照ください。

私も、企業風土と不正との関係を熟慮するのですが、このリスキーシフトは日本企業にもあてはまるのではないかと考えています。ただ、私の場合は、行動経済学における「プロスペクト理論」が(前提として)成り立たなければ、リスキーシフトの理論だけではやや薄いのではないか、と考えるに至っております。

①確実に3000円支払わねばならない選択肢と、②8割の確率で4000円支払わねばならないが、2割の確率で1円も支払わないでよい選択肢があると、経済合理性のある行動としては①を選択すべきですが、どうしても損失回避の趣向が強くなってしまい、結果として②を選択してしまう人が圧倒的に多くなります。

ノーベル経済学賞を受賞したDカーネマンの「ファスト&スロー」を読まれた方ならご存じかと。

誠実な役職員がなぜ不正に至るのか…を考えるにあたり、私はほとんどの役職員が、このプロスペクト理論によって非合理判断の罠に陥り、そこに「心酔する社長に認めてもらいたい」といった役職員の存在感から極端な意見が尊重される傾向(リスキーシフト)が生じるものと考えています。

かつて某事件に関わった元役員の方から当時の取締役会の様子をお聞きして、「リスキーシフトとプロスペクト理論は、ゲマインシャフトの傾向の強い日本の企業組織には適用できる理論ではないか」と、強く確信しております。

日本企業の風土改革はとても時間がかかるものですが、どう改革すべきか、といったことを考えるにあたり、社会心理学や認知心理学、行動経済学の理論はヒントを提供してくれるように思います。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年7月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。