翌日に露見した韓国瑜高雄市長の虚:旺旺が推す総統選国民党候補

高橋 克己

100万近くの票を獲りながら落選して議会制度を揺るがしに掛かった1人のトリックスターに話題が集中した感のある日本の参院選だが、来年1月に行われる台湾総統選挙の国民党韓国瑜候補にも、日本の山本某に劣らない稀代のパフォーマーの一面があるように感じられる出来事がつい最近あった。

韓国瑜氏公式Facebookより:編集部

7月23日の台湾中央社は、この15日に台湾総統選の野党国民党候補に選出されたばかりの韓国瑜高雄市長が、日本台湾交流協会大橋会長の招きで今秋日本を訪問すると報じた。筆者はこの記事を読み、来年1月に総統選があるのに直前に片方の候補だけを招くとは、交流協会は何を考えているのかと訝った。

ところがその台湾中央社は25日に、「日本の対台湾窓口機関『先に韓氏が言及』 自発的な訪日要請を否定」との見出しで、「(日本交流)協会は24日、訪日を検討しているとの話が先に韓氏からあり、それに対して大橋会長が歓迎を表明したと説明した」と、同協会が韓氏の発言を否定したことを報じた。

記事に「韓氏は22日、高雄市内で大橋会長と面会した後、報道陣に対し、大橋会長から訪日要請があり、受け入れを表明したと語っていた」とあるが、実はこれが嘘だった訳だ。台湾の一部メディアも24日に大橋会長が与党民進党に対し「自発的に韓氏に訪日を要請した訳ではないと個人的に伝えていた」と報じている。

韓国瑜高雄市長といえば国民党の総統選候補予備選への出馬に際しても、当初は否定していながら郭台銘氏が出馬表明するなり、「国民党から強く要請されでもしない限り出ない」との趣旨を述べ、まるでダチョウ倶楽部の「押すなよ」を思わせるそぶりを見せ、予備選にまんまと勝利した経緯がある。

今回の訪日の件もどうやらその延長線上の、韓氏一流の「権謀術数」だったようだ。だが、さすがに外交官でない民間出身の大橋会長とは言え、事は台湾総統選の帰趨に影響を与えかねない事案、こんな子供だましのような嘘が報道された以上、即刻否定して掛からなければ日本外交の信用に関わるところだった。

目下筆者は高雄市に滞在中なのでこの辺りのことを台湾人の知人数名に聞いてみた。すると韓市長に対する評価が見事に両極端に割れた。禿頭が蒋介石似と熱狂的に支持する公務員や民進党嫌いの人たちもいれば、口が上手くて前言を巧みに翻す自信過剰の人物と徹底的に韓氏を嫌う人たちがいる。

昨年11月の選挙で民進党大敗の一因となった公務員の退職金優遇利率18%の漸減法案を、韓氏は側近の口を借りて元へ戻すと発言させており、公務員の支持はこれに起因する。一方、大雨で溢れた水を手で掬って飲もうとする画像と撮らせ、報道させたことなどをパフォーマンスと唾棄するのが後者だ。

熱帯特有の大雨が降ると忽ち下水道が溢れてあちこち冠水するのが雨季の高雄の風物詩。韓市長が下水浚いを指示した効果を、先週末にそうやってPRしたのだが、実態は相変わらずのようなのだ。こんなこともあってか、15日の中央社は「市民団体が韓市長の罷免を求める署名運動を行っている」ことを報じている。

署名運動について聞いてみると、必要数(20万人?)は足りているが、任期1年に達しないとリコールの手続きに入れないそうだ。韓氏の就任は2018年12月25日だから1年後は本年12月25日。もしも総統選までひと月もないタイミングのリコールの手続きが進むとなれば総統選に大きな影響を及ぼそう。

台湾総統選では現職のまま立候補でき、負けても元に戻れるそうだ。「帯職参選」という一種の休職扱いで、前に総統選で蔡英文に負けた朱立倫も新北市長に戻った。韓氏はリコールが通り総統選にも負ければ職を失うが、知人は市長になる前の砂利や生コンの仕事に戻れば良いという。生コンや砂利などと聞くと利権や辻元某を思い出す。

本人は平民を装うが、韓氏夫人の実家は雲林県の有力者で学校も経営しており、複数の別荘を持つそうだから失職しても心配はなさそうだ。とはいえ、もちろん韓氏に対して絶大な信頼を置く者も多いことを申し添えねばならない。特に経済面では自信があり、台湾人を全員金持ちにする、が持論らしい。

というのも台湾にも我が国同様に情報弱者が五万とおり、連日のように韓国瑜を煽情的に持ち上げる報道を流す、同じグループの中国時報(日本の朝日・毎日に相当)と中天電視(テレ朝やTBSに相当)ばかりを見ていれば、この比類ないパフォーマーに心酔してしまうのも無理はないようなのだ。

旺旺グループのロゴ(Wikipedia:編集部)

今やその中国時報も中天電視も親中企業集団、旺旺(わんわん)グループの傘下だ。台湾屈指の富豪蔡衍明氏が興した旺旺は1962年に缶詰の製造を始め、煎餅や菓子等で成長した食品製販集団だった。90年代に中国に進出し今や中国での売上比率が9割を超えていて、台湾系企業の中でも特に中国色が強い。

もちろん台湾でも旺旺によるマスコミ壟断を拱手してはいなかった。2012年初に蔡氏がワシントンポスト紙のインタビューに、「両岸は遅かれ早かれ統一する」「天安門事件での死者は、本当はさほど多くない」「中国は多くの面で民主的」といった発言をした際には、蔡氏に対する怒りの声が広がった。

学者やNGOを中心に「中国時報ボイコット」が起き、著名な学者らが同紙への寄稿拒否を宣言する展開ともなった。が、結局、台湾国家通信放送委員会(NCC)は、1年半に及ぶ審議の後、主任委員を含む多数の委員の交代時期が間近に迫った2012年7月末に中国時報買収を条件付きで認可した。

日本でその名が知られたのは、2012年9月に台湾漁船の大群が尖閣列島海域に向かった事件だ。実はこの漁船団に多額の燃料代を出したのが旺旺グループ総帥の蔡氏だった。旺旺の親中ぶりが知れるが、マスコミにまで進出したその旺旺が頻りに持ち上げるのを見れば、韓国瑜の立ち位置も自ずと知れる。

時代は米中新冷戦期に入った。香港反送中デモでは米中双方が裏での互いの蠢動を非難し合っている。韓国はといえば左派革命政権が自国破壊に邁進中だ。台湾だけは何とか大陸に「四の五の言わせない」政権が維持されることを望む。北東アジアの政治情勢から日本人はますます目が離せない。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。