山本太郎氏はポリコレ利用の逆差別:障害者の立場からの異論 --- 長谷川 正

2019年07月30日 06:01

れいわ新撰組の山本太郎氏が重度障害者を参院選の比例上位に重度身体障害者を擁立した手法について、ツイッターで真っ向から非難したところ、様々な反響がありました。

僕の持論は身体障害者に寄り添ったふりをした最も蔑みの対象の行為だと思っております。

山本氏と重度障害者の木村英子氏(れいわ新鮮組サイトより:編集部)

少し長くなりますが、僕が障害者になった経緯

僕自身、38歳の頃に脳腫瘍を煩い、奇跡的に一命はとりとめたものの、左半身麻痺、言語、聴覚、視覚障害が残り、健常者から一転、障害者になりました。

独立して10年かけて育てた不動産会社の経営からも退き、いまは障害年金、月額8万ちょいと、蓄えを切り崩しながらの晴耕雨読の生活をしております。

余談になりますが、術後の想い。

開頭手術後、目が覚めた時に愕然としたのは、全く動かなくなった下半身…
動かないのに痛みだけは感じる身体…

まるでコンクリートの上で寝てるんじゃないかと錯覚するほど、背中が痛くて眠ることもままならない。
頭は働くが身体は動かない、動かせないもどかしさ、悔しさは筆舌に尽くしがたいものでした。

術後、再発の恐怖と戦いながらの抗がん剤治療は過酷で、24時間点滴に繋がれっぱなし、毎食後30錠のステロイド、連日40度近い熱、食事を取ると襲ってくる激しい嘔吐感、髪の毛は抜け落ち、身体は動かないのに、間接の節々が軋むように痛む。

少しでも身体を動かさないと、このまま寝たきりになるとドクターに言われ、足の指先、手の指先から少しずつ少しずつ動かそうと、リハビリを重ねる毎日。

意識ははっきり頭も働くので、下の世話を第三者に頼む事だけは絶対にしたくない!
この、思いだけは凄く強かったです。

幸い、経済的には少し余裕があったため、個室に入ってたので、トイレは部屋の中にありましたが、ベッドからトイレに移動するまで15分位かかる…尿意を少しでも感じると、まずは上半身を起こす。
転げ落ちるようにベッドを出て、這いつくばってトイレにたどり着く。
そして上半身の力を振り絞りやっと便座に座る。
トイレひとつで、この有り様かと悔し涙が込み上げてくる。

看護師さんから、頼むからナースコールで呼んで下さいと懇願されたが、トイレする所なんて絶対に見せたくない!と拒否するも、患者が転倒したりすると、看護師さんが始末書を書かなきゃいけなくなるとの事情を聞かされ、やっと納得し、それからは看護師さんに支えてもらいながらトイレに行くように態度を改めるが、介護がないとトイレも満足に出来ない自分が許せなかった…

絶対に動けるようになってやると強く思い、リハビリを続け、術後1ヶ月後やっと車椅子に移動できるようになり、立てるようになるまで3ヶ月かかりました。

立てるようになってからは、点滴スタンドを支えに、病院の中を歩く練習。
10mも歩くと、息が切れる。

こんな身体になってしまったのか…
心の中では、このまま生きてるだけって何の役にも立たないじゃないか…
家族に負担をかけてるだけじゃないか…
生きてる意味有るのかな?

毎日、病院の天井を見つめるしか出来ない自分が歯がゆく、死んだ方がマシだったかなと考える日々が続来ました。

ベッドの上で、部下からの日々の報告を受け、指示だけを出してる自分に苛立ちしかなく、何も出来なくなった現実を思い知らされる…
生産性のなくなった自分というのを受け入れる事ができず、なんで助かったんだろう?
あのまま、死んでれば、周りに迷惑をかける事もなかったのに…

でも、自殺するのは絶対に嫌だ!
かといって今後、誰かの介護がないと生きていけないのは嫌だ!

だから、絶対に歩けるようにはならないと!

その思いだけで、毎日、病院内の廊下で歩行訓練を重ね、半年後退院の頃にはなんとか一人で歩けるまで回復することが出来ました。

退院後に待ち受けていた過酷な現実…

しかし、退院後が、より一層苛酷だった。
退院後社会復帰すると、当たり前だが、周りは病気前と同じように結果を求めて来ます。
病気前は寝ずにでも働けた身体だったのが、そんな無理など聞いてくれる身体ではなくなってる。

しかし、社員達も取引先も健常時と同じように期待を持って、頼ってくる。
その期待に応えられなくなった自分に気づかされる…

結果を出して当たり前、出せなければ口先だけ。厳しいようだが、ビジネスの社会では当たり前の話。
やってみたけどダメでした。すいません。なんてアマチュア。
生業として生計を立ててるプロの世界では通用しない。

プロとしての仕事ができなくなった以上、身を退くしかない。そうしないと、皆に迷惑かけてしまい、不幸にしてしまう。身体的にハンデを背負った人間はプロとしては通用しない。

これが現実です。

しかし、それを言葉にすると、障害者を差別してるとか、排除しようとしてるとかの非難を受けるので誰も言葉にはしない。いや、言葉にできません。

障害者に健常者と同じような結果を求めるのは酷な話だが障害者だから大目に見ようは、誰も幸せにならない結果を産みます。

山本太郎氏にホントの優しさはあるのか?

障害者には優しくしてほしい。これはたしかに間違いはありません。
だからこそ、責任の発生しない立場で活躍できる場所を作ってあげることがホントの優しさではないだろうか?

れいわ新選組公式Facebookより:編集部

健常者と同じ土俵に引っ張り出すなら、障害者に健常者と同じ仕事をしろと迫る事になる事を山本氏は解ってないのでは?

いや、解ってて、あえて、引っ張り出し、合理的配慮が必要と言ってるんだから健常者が障害者に合わせろ等と弱者の立場に立ってるような詭弁を展開するつもりなのか?

どちらにしても、障害者の事など、まるで考えてなく、自身の悪目立ちの手段として利用してるだけだ!

生産性の無くなった人間は生きてちゃいけない社会を作りだそうとしてると彼は主張している。彼だけじゃなく、左派の自称人権派の人たちは皆同じような事を言う。

資本主義社会において、生産性は必要不可欠な要素。

生産性が低くなった、なくなった人でも、楽しく明るく暮らして行ける社会とは、障害者でも活躍できる制度や場所を作る事が必要であって、障害者を健常者の中に引っ張り出す事じゃない!

健常者だと、これを言葉にすると障害者差別だと非難の対象になるので、なかなか口に出せないが、障害者だから、敢えてハッキリ言う!

障害者が健常者と同じ立場で働くつもりなら、健常者と同じ結果を求められるぞ!
障害者だから仕方ないよね…なんて言い訳は出来なくなるんだぞ!

そんな場所に重度障害者を立たせる事が、障害者に寄り添うってことなのか?
僕には酷な事を求めてるとしか思えない。

ポリコレ利用を許さない

仮に今回の選挙で、ふなごさん、木村さんが選挙区で立候補したなら、票を託す人が居たでしょうか?
これは、差別でもなんでもなく、自分の思いを託して代弁してもらおうと思ったでしょうか?

僕自身に置き換えると、健常の時なら『おう!任しとけ!精一杯頑張るから!』と引き受け、また結果を出す自信もありましたが、障害を負ってからは『任しとけ!』なんて、とてもじゃないが言えません。

『任しとけ!』なんて答えて、健常者達と同じ土俵に上がり結果を出せるとは到底思えないし、それこそ命を削りながらやらなければできっこない。

合理的配慮という権利があるんだから、俺のペースに合わせるのが健常者がやらなきゃいけない事なんだ~!なんて、行き過ぎた主張で「障害者だし、強く反対できないな~」このような心理を逆手に取って、己の利益を得ようとする、卑怯なやり方だ。しかし、これを卑怯と批判すると「差別だー!」となるので強く批判ができない。

これが、いわゆる逆差別。
ポリティカルコレクトネスを利用した、逆差別。
こんなやり方を絶対に許してはなりません!

皆さんも、思ってるはずだけど口にはし辛いだろう。
しかし、僕は当事者なので臆せずハッキリ言わせて貰います!

ポリコレを利用し言論を封殺するやり方をするな!

そんな事をするから、行き過ぎた主張になり煙たがられ、穿った見方をされる原因になり、ホントに困ってる人達がもっと困るんだ!

これは、障害者にかぎらず、同和、在日、マイノリティ差別、女性差別、全てに相通ずる。

そんな、逆差別が横行する社会には絶対にさせたくない。

人権屋達の行き過ぎた主張で、ホントに困ってる人達も偏見の目でみられるような事が、あってはならないから、山本氏のような奴らに屈してはならない!

僕のような一般人の声は小さいが、黙ってはられない!いや、黙っちゃいけない!黙る事は奴らの思う壺だ!だから、声をあげ続ける!

長谷川 正

1969年生まれ。中学卒業後、ロックスターに憧れ上京。19歳のとき音楽の道は断念し、不動産会社に就職。10年の勤務を経て独立し、10年で年商70億の企業に育てた矢先、脳腫瘍を患う。後遺症が残り、事業から引退。現在は晴耕雨読の日々を送る。ツイッター「@bossjupiter」

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