オーストリア、政権交代時の機密情報の処理問題

オーストリアでは来月29日、国民議会(定数183)の前倒しの総選挙が実施されるが、同国の2大政党、中道右派「国民党」と中道左派「社会民主党」の間でメディアを巻き込んだ前哨戦が始まっているのだ。両党間の舌戦のテーマは、政権交代時の連邦首相府の機密情報の処理問題だ。

▲政権交代時の機密情報の処理問題で説明責任を負うクルツ氏

▲政権交代時の機密情報の処理問題で説明責任を負うクルツ氏

少し説明が必要だろう。同国では2017年12月、ケルン社民党主導政権からクルツ国民党主導政権に政権が交代した。政権が変わると、前政権関係者はこれまでの機密情報を処分する。ケルン首相(当時)は首相府のプリンターのハードディスクなどを連邦首相府に処理するように依頼している。同じように、クルツ政権は5月27日、議会の不信任案可決で辞任に追い込まれたが、それに先立ち5月23日、クルツ首相(当時)はハードディスクを連邦首相府のIT専門部に依頼せず、外部の民間会社にシュレッダー破棄させている。

オーストリアの複数のメディア情報によると、クルツ氏は5つのハードディスクの破棄を首相府のソーシャル・メディア担当職員(25)に民間の専門会社で処理してきてほしいと依頼。同職員は専門会社では偽名を使い、何度も繰り返し寸断するようにしつこく要請したという。

この件が外部に漏れたのは、同職員が費用を払わなかったからだ。シュレッダー専門会社は「何回も寸断するように要求するなど、その言動は少々変わっていた」とメディア関係者に述べている。

クルツ氏が政権時代の機密情報の処理を外部に依頼したことが判明すると、野党やメディアから「漏れては困る情報があったからではないか」といった憶測が流れてきた。ここでいう「憶測」とは、クルツ連立政権の崩壊のきっかけとなった極右派政党「自由党」のシュトラーヒェ党首(当時)のイビザ島スキャンダル事件にかかわる内容を意味する。

イビザ島スキャンダル事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が野党党首時代の2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、党への献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を煽るような暴言を連発。その現場を撮影したビデオが今年に入って週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞などで報じられ、オーストリア政界に激震が走った。最終的には、中道右派「国民党」と極右政党「自由党」から成るクルツ連立政権は5月末、議会で不信任案が可決されることで辞職に追い込まれた経緯がある。

イビザ島スキャンダル事件で問題は誰がそのビデオ撮影したのかだが、その全容は依然明らかになっていない。ただ、メディアの間では国民党関係者が極右派党首の追い出しを図ったという情報が流れている。そのような状況下で、クルツ氏が前政権下の機密情報を連邦首相府のIT部署ではなく、外部の会社で寸断させたことが判明したため、先述した「憶測」が囁かれるきっかけとなった。「それみたことか、クルツ氏がイビザ島スキャンダルを図った陰の人物だった可能性がある」と野党やメディアが騒ぎ出したわけだ。

クルツ前首相は、「政権が交代するときは、前政権関連の機密情報が入ったハードディスクはシュレッダーにかけて消滅させるのが通常のことだ。社民党も政権交代時には同じように首相府で使用したハードディスクはシュレッダーで破棄している」と説明し、「首相府の機密関連文書やハードディスクは5つ、破棄処分を民間企業に依頼した。機密隠しではなく、通常の処分だ」と憶測を一蹴している。

クルツ氏に政権を追われたケルン元首相は、「私が首相府を整理するとき、首相府関係者に書類やPCのデーター処理を委ねた。私自身はそれらの寸断を要求していない。なぜならば、政権交代時には当然の対応だからだ」と説明し、クルツ氏の民間企業での機密情報の破棄と自身の時のそれとは全く異なっていると強調している。

まとめると、社民党主導政権は2017年12月1日に情報を処理している。クルツ政権への政権交代日は同月18日だった。一方、クルツ氏は今年5月23日に連邦首相府のプリンターのハードディスクの処理を依頼した。クルツ政権への不信任案が可決されたのは5月27日だ。いずれも、政権を失う数日前に機密情報は消滅されているわけだ。

前回の総選挙では、ケルン氏はダーティな選挙戦略で有名なイスラエルの選挙専門家を雇い、ソーシャル・メディアを通じてクルツ氏叩きに躍起となった経緯がある。それが仇となって選挙ではクルツ「国民党」に敗北した。今回の機密情報処理問題ではクリーンのイメージがあるクルツ氏が弁明に追われているわけだ。いずれにしても、政治には秘密が付きまとうだけに、政権交代時の機密情報の処理問題は非常に厄介なテーマだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年8月2日の記事に一部加筆。