小泉家が日本のケネディ家になる日

2019年08月09日 06:00

人間というのはつくづく因果な生き物だと思う。我々は、自分たちのリーダーたる人物を仰ぎ見、畏れる気分とリーダーへの期待感の裏返しで不平や不満を持つ気分の双方を持ち合わせているようだ。

リーダーたる者への厳しい批判はアゴラをはじめとするジャーナリズムの眼目でもあり、民主主義を機能させるためのメカニズムだろうし、新橋あたりの居酒屋を覗けば、政治家への毒舌を肴にして酒を飲む人たちで今日も賑やかだろう。そんな厳しさの一方で、誰しもヒーローが大好きで、ちょっとした嫉妬や羨望を覚えながらも圧倒的な存在を無条件に仰ぎ見る瞬間を心待ちにしているのだ。

グッドルッキングな二人だが、それだけでは生き残れない世界で活躍する器量人

小泉進次郎さんと滝川クリステルさん結婚の報を聞いて驚かなかった人はいないだろう。私もその一人だが、意外な組み合わせというわけではなくむしろお似合いとしかいいようがないわけで、存在感際立つ人物同士のインパクトが我々をびっくりさせたのだろう。

ANNニュースより:編集部

小泉氏も滝川氏も誰もが認めるグッドルッキングで、小泉氏に至っては父親が元総理。随分恵まれたアドバンテージで悠々生きてきた二人と思われがちに違いないが、それは違うだろう。

キャスターも政治家も実力主義のし烈な世界、少々ルックスが良いとか七光りだけでは嫉妬のタネにこそなれ、最前列で生き残ることは不可能に違いない。実際に同様の武器を与えられながら芽が出なかった人物を数えるにキリはない。

そこには二人にしか分からない苦労や気遣いの蓄積がきっとあるはずで、そんな境遇の共通点も二人の距離を縮めたのではと勝手ながら推察する。要は二人とも揃ってなかなかの器量人ということだ。

小泉家の“まっとう”さ

やはり進次郎氏を見て思い出さずにおれないのは、父親・小泉純一郎元総理の存在だ。田中眞紀子氏に「変人」とまで言われながら、長期の政権を担い国民的人気が高かった。

純一郎氏のエピソードで私が一番興味深く思ったものは、氏はお酒を飲むとき決して人に酌をさせなかったという話だ。行きつけの小料理屋に一人でおもむき、一人カウンターで手酌する。秘書など目下のものが一緒だったとしても決して酌をさせないというのだ。大した話でないようにも思われるが、私には結構氏の人となりをあらわすエピソードのように感じる。

まず、確かにちょっと変わっている。何せ“差しつ差されつ”が当たり前の政治家稼業での話だ。そして、どこか孤独の香りがする。孤独という言い方が悪ければ同調圧力に左右されない一匹オオカミという感じだろうか。そう言えば、政治家を引退した後の小泉氏を何度か街で見かけたものだが、一人で映画館に入っていくなど、なんとも飄々とした姿だった。

なぜ氏の人気が高かったか振り返るに、ちょっと風変わりかもしれないが、そこはかとなく伝わってくる人間としてのまともさというか肝心な部分のまっとうさを、我々国民が信頼したからではなかっただろうか。

その点では、小泉進次郎氏もまだまだリーダーとしてみれば物足りない部分も多いのだろうが、“まっとう”な人間性は少なくとも感じさせてくれるし、兄で俳優の孝太郎氏も職業柄の軽妙さをもちながらも同様の気質のようだ。

門地・血脈の否定できない求心力

塩野七生氏「ローマ人の歴史」は、リーダー論の書として読むことも可能な名著だが、優れたリーダーの条件として、傑出した魅力・実力による求心力が要求されることは当然ながら、営々たる歴史の中で門地・血脈の求心力がなんだかんだと説得力を持つという、人間社会のリアリティをも見事に描いている。

日本の歴史を振り返っても、豊臣秀吉のような出自はやはり例外であって、多くの人物は名門出身であることが現実である。

もちろん民主主義、まして変化の速い現代において、当たり前に世襲の長所を並べ立てる気などさらさらなく個人的にはむしろ否定的な立場ではあるが、名門出身者に期待をし、むしろ名門の成立を願ってしまうのがまた人間社会というものの本性に他ならいない。

ケネディ家をケネディ家たらしめた、ジャクリーン・ケネディの存在

敗戦後、現行憲法14条にて門地主義の否定を明確化した日本のことである。世襲議員が増え学歴の世代間固定化傾向など社会が階層化に向かう傾向は否応なく目につくが、名門と誰もが呼べるほどの家系はそう多く存在しない。

民主主義の国アメリカも日本同様、機会平等へのこだわりが強い。しかしそのアメリカさえ歴史的にはケネディ家を神話的な一族として別格視する時代があったのだ。若くハンサムな大統領と華麗な一族メンバー。何よりその名門神話成立には、同じく名門出身で社交界の華、31歳の若さでファーストレディーとなったジャクリーン・ケネディの存在が不可欠だった。

夫、子供とともに写真に収まるジャクリーン・ケネディ・オナシスさん(Wikipediaより:編集部)

そう今回の縁談を聞き、私は日本のケネディ家誕生の瞬間を見たような気がしてならなかった。男所帯の小泉家にこれ以上なく華やかで素晴らしいキャリアの女性が嫁いだ。街角の声も歓迎一色だ。これはもはや小泉進次郎氏の政治家としての資質や評価の話ではない。ジョン・F・ケネディとて政治家としての評価や人物には賛否あったのだ。アメリカ人の待望する理想像を投影してケネディ家はケネディ家となった。

今回、従来の小泉進次郎人気の前奏曲からの圧倒的な(そのあざとさも吹っ飛ばす)ドラマ的展開に、日本人が小泉家に期待する待望論に火がついたとはっきり感じる。日本人という観客衆はすでに期待に胸を躍らせ今か今かと次の幕を待っている。そこに千両役者が二人そろったわけだから、これで次の幕を開けない手はない。

そしてきっと、このドラマの脚本はシーズン1では終わらないだろう。何世代にもわたるクロニクル・歴代記の予感がする。そしてもしそんな予感が的中するのならば、彼らの子孫はきっと日本の将来のあり様に大きな影響を与えることになるだろう。であれば、願わくばそのドラマは進次郎氏、クリステル氏今回の笑顔のごとく明るく爽やかでまっとうなものであって欲しいと思うのである。

秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。秋月涼佑のオリジナルサイトで、衝撃の書「ホモデウスを読む」企画、集中連載中。
秋月涼佑の「たんさんタワー」
Twitter@ryosukeakizuki

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秋月 涼佑
ブランドプロデューサー

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