なぜ「テロ対策」で全国の原発が止まっているのか(アーカイブ記事)

原発のテロ対策などを定める特重(特定重大事故等対処施設)の審査で、原発の再稼動が大幅に遅れています。この特重とは何でしょうか。2019年8月11日の記事の再掲です。

特重は「9・11」のような犯罪の対策

特重施設とは、原子力規制委員会によれば「原子炉建屋及び特定重大事故等対処施設が同時に破損することを防ぐために必要な離隔距離を確保すること、又は故意による大型航空機の衝突に対して頑健な建屋に収納すること」とされている。

テロリストに知られたら困るので、施設がどこに設置されるのかは秘密にされる。基準には中央制御室から100メートル以上離れた場所としか書いてない。施設には中央制御室に代わって事故防止ができる機能を求められている。

他の安全対策設備のほとんどは、炉心溶融事故を防止するための対策であるが、特重施設は基本的に米国で2001年の9・11のような民間旅客機を使った同時多発テロ事件の再発防止対策である。

特重の審査はなぜ遅れたのか

特重の工事が遅れた最大の原因は、その規制基準が決まるまでに2年以上かかり、さらに工事計画の認可に1年以上かかったことだ。おかげで5年の猶予期間のうち、工事に残された時間は2年もない。遅れの最大の原因は規制委員会なのだ。

この原因は、審査するスタッフが足りないことだ。規制委員会とその事務局である原子力規制庁のスタッフは約1000人で、アメリカのNRC(原子力規制委員会)の約4000人よりはるかに少ない。

こういうケースは原子力だけではなく、アメリカのSEC(証券取引委員会)のスタッフは4300人だが、日本の証券取引等監視委員会は400人。このような独立行政委員会は日本には少なく、ほとんど自立した組織として機能していない。

その原因は「言論アリーナ」で諸葛さんも指摘したように、安全審査や定期検査を電力会社(特に東京電力)に丸投げして、自主規制させていたからだ。審査の大部分は電力会社がやり、かつての原子力安全委員会は1ヶ月ぐらいの審査で合格にしたという。

「三条委員会」が非効率的な審査の原因

これを是正するために原子力規制委員会は、NRCをモデルにして所管官庁の命令を受けない三条委員会(国家行政組織法第3条に定める各省と同格の委員会)として独立性を強めたが、これが逆効果になった。

事務局の規制庁はいろいろな官庁からの出向者の寄り合い所帯になり、意思決定に時間がかかるようになった。安全審査に膨大な書類が要求され、規制基準にも整合性がなく、特重のように事後的に規制が強化される。経済産業省との人事交流もなくなったので、大事な情報が入らない。

このように規制委員会が機能しない本質的な原因は、今まで電力会社に蓄積された専門知識でやってきた審査を、役所が直接やる方式に変えたことだ。それが機能するには、規制委員会を独立の専門家集団にし、すべての知識を役所に統合しなければならない。

役所と電力会社の関係は、日本の大企業の親会社と下請けの関係と同じで、役所が細かいことまで介入しなくてもいいので、平時には効率がいい。おかげで日本の公務員の数は、人口の3.7%と先進国で最小だ。

審査と運転を分離すべきだ

こういう長期的関係は、役所と業者の利害が一致していないと機能しないので、業者の利益に反する規制ができない。原発事故のような「有事」には両者の利害が大きく食い違い、にっちもさっちも行かなくなる。

この点で行政と業者が対立関係にある欧米の公務員とはまったく違う。どちらがすぐれているかは一概にはいえないが、日本の原子力規制委員会のように、スタッフも審査能力も足りないのに、すべてやろうとするのは最悪である。

三条委員会は日本では機能しないというのが行政学の定説だが、原子力規制委員会はそれを見事に証明した。普通の国では安全審査に時間がかかることは大きな問題ではないが、日本ではそれが原発を止める結果になるため、実害は非常に大きい。

更田委員長も認めたように、日本の原発で9・11のような事件が起こる確率はきわめて低いが、規制委員会は確率論的リスク評価をせず、ゼロリスクを求めて運転を止めている。

安全審査と運転を分離し、規制委員会のスタッフを増員する必要がある。原子力の専門知識をもつ人は少ないので、電力会社からの出向を増やすべきだ。人件費は多少増えるが、原発を無駄に止めている1日数十億円のコストよりはるかに小さい。