“世界最古”の旅行会社の危機が、スペインのホテル業界に落とす影

英国で175年の歴史を誇り、近代的な旅行会社では世界最古とも言われる大手旅行会社トーマス・クック(Thomas Cook)が経営危機にあることは既に良く知られている。同社の経理上の半期(昨年10月から今年3月まで)の決算ではこれまでに比較して6倍の損失を計上しているという。株価もこの1年で90%下がって12ポンドとなっている。(参照:cincodias.elpais.com

cormac70/flickr(編集部)

トーマス・クックが利益を計上できない理由にはBrexit の影響がある。英国の旅行客の通貨ポンドの下落による購買力の低下、同社所有の航空部門の競争力の低下に伴う営業不振。それに加えて、同社の一番重要で稼ぎ市場となっているスペインへのお客が旅行コストがより安価なトルコ、エジプト、チュニジアといった国に行先を切り換えているということからである。

これまでトルコやエジプトでテロがあってから安全を求めて旅費が高くなってもスペインなど安全な国を2011年頃から選んでいた。安全を求めてスペインなどに訪問先を変えた観光客は1200万人いると推測されている。ところが、これらの国が安全を取り戻したと見るやリターン現象が起きているということなのである。(参照:cincodias.elpais.com

英国から毎年スペインに凡そ1850万人の観光客が訪問している。彼らの多くをトーマス・クックがこれまで英国からスペインに送り込んで来たのである。その関係からスペインの多くのホテルが英国からのお客をもらうのにトーマス・クックに依存して来た。

トーマス・クックが倒産するような事態になれば、スペインの多くのホテルがその被害を受け、中には倒産を余儀なくさせられるホテルも出て来ると見られている。

英国人が好んで訪れるところはラス・パルマスとテネリフェのカナリア諸島、パルマ・デ・マジョルカのバレアレス諸島、マルベーリャのコスタ・デル・ソル、カタルーニャのコスタ・ドラダといった地域である。(参照:cincodias.elpais.com

スペイン経済紙『Cinco Días』(5月29日付電子版)によると、トーマス・クックはスペインのホテル業者に値下げを要求していたそうだ。15000軒のホテルが加盟しているスペインホテル連盟のファン・モラス会長によると、「今年のトーマス・クックからのお客の割り当てをもらう為に既に宿泊料を値下げしたホテルが出て来ている」と語っている。同会長によると、今のところトーマス・クックからホテルへの支払いに遅延は観察されないとしながらも、「それが遅延するようになると警報のサインがホテル業界を席捲するようになる」と懸念している。(参照:cincodias.elpais.com

一方、トーマス・クックの経営危機から解放されているのは大手のホテルチェーンだという。メリア(Meliá)やイベロスター(Iberostar)といったホテルチェーンはトーマス・クックに依存することなくネットで多くの旅行客から直接予約を受けるシステムを構築しているからだという。

トーマス・クックの負債は15億ユーロ(1950億円)。今年に入ってからこの危機を克服するのに会社の売り先を探しているという。第一候補に挙がっているのはトーマス・クックの18%の株主でもある中国のファウンド復星国際(Fosun )で交渉が続けられている。次に米国の旅行社アップル・レジャー(Apple Leisure)とファンドブラックストーン(Blackstone)もトーマス・クックの買収に関心を示しているようだ。
(参照:dirigentesdigital.comcincodias.elpais.comreportur.com

いずれもトーマスクックを買収するには同社の航空部門トーマス・クック航空とコンドル航空を売却した後になるだろうと見ている。この2つの航空会社は英国の航空ということでBrexit のあと欧州連合が規定している航空路線の圏内では飛行できなくなる。今でも格安航空の競争激化でこの2つの航空会社の今後の伸展の可能性は薄い。ルフトハンザがコンドルの買収に興味を示し、バージン・アトランティックはトーマスクック航空がもっている英国からメキシコのカンクン路線に関心を示しているという。(参照:reportur.com

仮にトーマス・クックが倒産するような事態にでもなると、Brexitの被害を最初に受けた企業と呼ばれるようになるかもしれない。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家