自分への投資と人への投資

2019年08月14日 14:00

投資には二種類あります。自分への投資と他人への投資です。自分への投資には勉学やスキルを身に着けるといった「自分自身の品質向上」を通じて将来、より厚遇される職に就く、会社での仕事をよりクオリティアップする、あるいは自分で新しいビジネスを展開するということかと思います。もっと広義の意味としては健康やライフスタイル、人間性そのものの向上という意味合いもあります。ある意味とてもポジティブです。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

一方、他人への投資とはとてもグリーディー(貪欲)な感じがします。マネーが全てで「札束でほっぺたを叩いてでも」なんていうイメージすら出てきます。たまに見かけるTOB合戦で価格のつり上げ方を見ていると狙った獲物(会社です)を買い取るためにこれでもか、と札束を積み上げるような感じでしょうか?もちろん、あまり良い感じはしません。

私の場合、両方の投資をしますが、基本的には自分への投資を主流に考えています。なぜなら他人への投資は一般にはアンコントローラブル(制御不能)だからであります。例えば私は40社以上の北米上場会社に対する株式投資をしています。当然ながらこの時期は決算泣き笑いである朝、暴騰しているものもあれば暴落しているものもあります。最近、この泣き笑いにイライラしてくるのです。なぜなら決算発表なんて開けてびっくり玉手箱で何が飛び出すか全然予期不能なのです。

私もアナリストのレポートや個別企業ニュースはある程度読み込みますし多くのアナリストが好業績を期待しているにもかかわらず、ドツボに陥る決算発表で目の前真っ暗になることも正直、あります。こんなのはストレスが溜まるので、不運だったと思うようにしているのですが、自分で何もできず、怒りを持って行くところがないのです。

ところが自分で勉強して、研究して、努力して立ち上げたビジネス、あるいは苦労して取得した免許を元に自分の世界を築き上げるのは失敗がコントローラブル(制御可能)である点に於いて大きな違いを感じます。それ以上に自分のスキルや経験の幹をより太くしたということへの満足感と決して消えてなくならない自分への投資の成果はどちらかといえば大器晩成型ともいえるかもしれません。

アメリカなどでエンジェル投資などを行い、おいしい思いをした人はその額がとてつもないリターンであることも多く、「これからは少額の投資リターンなんてゴミみたいだから嫌だ」と豪語する人は案外びっくりするぐらい多いのであります。悪い言い方をすればばくち打ちの賭けレートがどんどん上がっていくようなものです。

他人への投資にはもう一つ、影響力あるほどの株式を買収するという方法があります。こうなると役員を派遣したり重要な決議事項への影響力を発揮したりすることはできます。ただ、概ね、違う文化と歴史をたどった会社を自分の欲望の赴くままにしようとして経営陣とバトルしたりすることになります。日産とルノーはよい例で、相手企業の株式取得、支配、子会社化などは愛がある結婚や同棲というより相手の懐だけを狙った子狡さを感じることもあります。これぞ本当の同床異夢であります。

こう考えると私はいわゆる金持ちになれないけれど、自分の幹を太くして自分だけの面白いビジネスを立ち上げてこの歳になってもゼロからの学びを何度も繰り返して、汗をかきかき、絶対に社長には見えないような出で立ちであっても私はそれの方が100倍好きなライフスタイルであります。

投資を考える時、私は必ずリターンがあって減らない資産となりうる自分への投資ほど高い利回りはないと考えています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年8月14日の記事より転載させていただきました。

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