イージス・アショアの「語られない論点」:賛成派・秋田県民の視点 --- 長沢 健太

寄稿

イージス・アショアの目的とは何か?

今、故郷である秋田県が、イージス・アショアの配備の是非で揺れている。筆者も安全保障に関心のある一学生として、県民向けの説明会などにも足を運び、この問題に強い関心を持ってきた。

イージス・アショア(Wikipediaより:編集部)

筆者は、イージス・アショアの配備に関しては比較的理解を示す立場である。しかし、だからこそ、現行のイージス・アショアの計画及びそれについての議論が尽くされていないと考える。

イージス・アショアを「目的」と「手段」で見る視点が足りていないのだ。本稿ではイージス・アショアを、目的と手段という視点から考えていきたい。

ここにおいてはイージス・アショアが「何の」目的で配備・使用されうるかを整理していきたいと思う。

1.イージス艦の運用の柔軟性を確保するため

防衛省の説明資料にもあるようにアショアを配備することにより、イージス艦をミサイル防衛任務からある程度解放することが可能となる。ミサイル防衛任務にイージス艦が拘束されることで、他の任務にイージス艦を投入できないという嘆きは海自内外から指摘されてきたとおりである。

これをイージス・アショアにミサイル防衛を担当させることで、イージス艦をミサイル防衛から解放すれば、イージス艦を平時においては海洋における海洋監視、有事においてはイージス艦本来の任務である艦隊防空や対艦・対地攻撃任務につかせることができる。

2.北朝鮮などの外国勢力による軍事的恫喝を抑止するための外交上のカード

外国勢力が核恫喝に代表されるような軍事的恫喝をもって、日本に要求を突き付けてきた場合も考えうる。それに対抗しうる外交カードとしてイージス・アショアを位置づける。

3.有事の際の防空アセット

日本周辺には長距離打撃手段として、弾道ミサイルに加え、巡航ミサイルを保有する国(中国等)が存在している。有事の際には、日本本土にある自衛隊・米軍の航空基地等の軍事施設が弾道ミサイルや巡航ミサイルで狙われる可能性がある。これらの攻撃から重要拠点を守る防空アセットとしてイージス・アショアを整備する。

4.同盟の盾としてのイージス・アショア

同盟国たるアメリカの軍事施設は、日本だけでなくアジア・太平洋地域に配置されている。そしてそれらの軍事施設は日本の安全保障にとって重要な役割を果たしている。日本だけでなく同盟国を守るためのアセットとして、イージス・アショアを配備する。同盟国をも守るアセットは、日米同盟をよりよく機能させることにも繋がるだろう。

加えてそれらの目的を吟味することも必要である。例えば2の軍事的恫喝に関しては、特に懸念すべきは核恫喝である。しかし核恫喝の蓋然性、核恫喝はイージス・アショアのような拒否的抑止力で抑止可能か、といった観点から吟味するとイージス・アショアの配備目的としては適さないと考えられる。

あるべき装備体系とは

ここでは前述の配備目的から、あるべきミサイル防衛装備、イージス・アショアの姿を考えていきたい。

1のイージス艦の運用の自由度を上げるためという目的であるなら、必ずしも現行のイージス・アショアでなくてもよい。あくまでもイージス艦の担当しているミサイル防衛を肩代わりしてくれるアセットがあればよいので、THAAD等他のミサイル防衛アセットでもいいかもしれない(もっともコスト等の問題は検討しなければならない)。もっと柔軟に考えて、部谷直亮氏が一案として指摘するように海上にこんごう級イージス艦を埋め立てて、固定砲台のようにしてもいいかもしれない。

3の防空アセット、4の同盟の盾としてイージス・アショアを整備するならば、逆に現行のイージス・アショアの装備では不十分に思える。現行計画のイージス・アショアではIAMD(統合防空・ミサイル防衛)能力がなく、巡航ミサイルの対処ができない。それでは有事の際の防空アセットとしては不十分である。

また、防空アセットとしても、どこまでの防空が必要であり、そのどの部分をイージス・アショアに担わせるかの議論も必要であろう。

さらには現行計画のイージス・アショアのレーダーはLMSSRとされている。しかし6月19日の衆議院安全保障委員会での長島昭久議員の質問にもあるように、このレーダーでは米海軍等の同盟国との統合運用に齟齬を生じる可能性は指摘されている。例えば防空アセットとしてアショアを位置づけるなら、IAMD能力はもちろんのこと、SM-6導入を考えるべきだ。

同盟国も含め防衛するアセットとするなら、統合運用も視野に入れてレーダーはSPY-6にして、SM-3も多めに配備する必要がある。

結論としては、イージス・アショアはアセットとしては素晴らしい。しかしイージス・アショアによって「何を」達成するかという「目的」と、その目的を達成するための「手段」が乖離していて中途半端のように思える。

繰り返すが、筆者はイージス・アショア配備にある程度理解を示す立場である。しかし、現在の議論や説明では県民のみならず国民の広範な理解を得ることは難しいと考える。

これからイージス・アショアを考える上では、北朝鮮の脅威云々といった曖昧な話を出すのではなく、イージス・アショアを配備して「何を」したいのかという目的をはっきりさせた上で、それを達成するにはどんな「手段」が費用対効果を満たしているのかという議論を進めていくべきだと筆者は考える。これを機に「目的」と「手段」とは何かを意識した上でのイージス・アショアをめぐる議論が進んでいくことを期待したい。

これは一県民、安全保障を学んでいる学生としての切なる願いである。

長沢 健太 大学生
秋田県出身の大学生。県内の大学で安全保障、国際政治を専門に学んでおり、現在アメリカ留学中。