【GEPR】温暖化対策に伴う炭素国境調整措置をめぐって

2019年08月27日 19:00

有馬純 東京大学公共政策大学院教授

国境調整炭素税を提唱したフォンデアライエン次期欧州委員長

先般、次期欧州委員長に選出されたフォンデアライエン氏は今後5年間の政策パッケージ案において6つの柱(欧州グリーンディール、人々のために機能する経済、デジタル時代への適合、欧州の生活様式の保全、世界における強靭な欧州、欧州民主主義の推進)を提示し、温暖化問題を第一に掲げた。

(ウルズラ・フォン・デア・ライエン公式サイトから:編集部)

(ウルズラ・フォン・デア・ライエン公式サイトから:編集部)

温暖化問題については、欧州が「world’s first climate-neutral continent」になるとの野心を掲げ、その実現に向け、就任後の最初の100日間に「A European Green Deal」を示すことを提案している。その中で、注目を集めているのが「WTOルールと整合的な国境調整炭素税(Carbon Border Tax)の導入」である。

欧州議会選挙において環境政党が躍進したこと、この夏欧州を襲った猛暑、更にはグレタ・トウーンデル女史に代表される青年運動等もあり、欧州諸国は従来にまして環境シフトを強めている。

昨年10月のIPCC1.5度特別報告書によれば、パリ協定の下で各国が提出したNDCは1.5度音頭安定化の下で求められる削減パスから大きく外れており、環境関係者は大幅な野心レベルの引き上げを主張している。

しかし欧州以外の地域、国が野心レベルを引き上げないまま、欧州が一方的に炭素制約を強化ずれば欧州産業の国際競争力や雇用に影響が出ることが懸念される。

輸出時の内国税の還付、輸入時の炭素関税の賦課、排出権の提出義務付け等の国境調整措置はこうした国際競争力への悪影響を中立化する方法であり、野心レベル引き上げに対するEU産業界の懸念に対応するものである。

欧州の中ではかねてからフランスがこの考え方を強く主張しているが、後述のようにEU域内でも意見が分かれており、フォンデアライエン次期委員長の提案は各国根回しを踏まえたものとは思われない。

米国民主党も国境調整措置に言及

温暖化対策に伴う国境調整措置が提起されているのは欧州に限らない。来年、大統領選を控えた米国では民主党が温暖化対策に冷淡なトランプ政権へのアンチ・テーゼとして温暖化問題を大きく取り上げており、国境調整措置にも言及されている。

アレクサンドラ・オカシオ・コルテス下院議員らが主導するグリーン・ニューディールでは「強力な雇用・環境保護を伴う国境調整、調達基準、貿易ルールの採択・執行」が挙げられ、中道派といわれるバイデン元副大統領も「義務を果たしていない国からの炭素集約度の高い産品の輸入に炭素調整課金もしくは炭素割当てを賦課する」としている。

仮に次期大統領選で民主党が政権を奪還した場合、欧州、米国において国境調整措置に関する議論が本格化する可能性が高い。

国境調整措置の問題点

確かに国境調整措置は経済学的には論理的な対応であるが、その実際の適用には種々の難しさがある。

(1)WTOとの整合性に疑問

第一にこのような措置がWTO上整合的であるかについては多くの議論がある。経産省の2016年度不公正貿易報告書の補論「貿易と環境 -気候変動対策に係る国境措置の概要とWTOルール整合性-」では「国境炭素税、排出権の提出義務付けのいずれについても、GATTの条文は、これらの制度の設計に様々な制約を課している。

・・・気候変動対策としての国境措置のWTO整合性は、一般論ではなく、具体的な制度設計に依存する」、「国境炭素税についても、これまでの判断枠組を前提とすれば、自国における気候変動対策をもとに国境措置を導入することは、国境税調整として認められない可能性があり、その場合はGATT20条例外に該当するかどうかという判断が鍵となる。

・・・個別案件毎にGATT20条の例外に該当するかどうかを検討し、WTO整合性を判断する上記の手法をとる結果、どのような措置がWTO協定上許されるのか、先例から一定の示唆が得られるとはいえ、制度設計段階での予見可能性が欠けるため、紛争が多発する危険がある。

気候変動問題に関する紛争は、経済的影響が大きく、各国間で激しく利害が対立し、政治化しやすいことから、このような紛争がWTO体制に与える影響が懸念される。

したがって、気候変動交渉において一刻も早く、すべての主要国が参加する、公平かつ実効性のある国際枠組が構築され、これに基づいて、気候変動対策を理由とした貿易措置の扱いが、多国間交渉で検討され、何が許されて何が許されないのか、明確な要件が確立されることが望ましい。

その方法としては、GATTの条文修正、明確な解釈基準の確定、GATTの条文と抵触した場合に例外として認める旨の義務の免除規定の合意等などが考えられる。

しかし、現実には気候変動の国際交渉は難航しており、国際合意がない状況にどう対処するかという問題が残されている」と指摘されている。

(2)偽装された保護主義への懸念

しかし、気候変動に関する国際枠組みでこうした問題が決着することは望めない。

事実、国際的枠組としてパリ協定は合意されたが、貿易措置の扱いについては何の規定もなされていない。

気候変動枠組み条約第3条では「気候変動への対応措置は、一方的なものを含め、国際貿易における恣意的もしくは不当な差別の手段または偽装した制限になるべきではない」と規定されている。

ポスト京都議定書交渉においてもCOP15が失敗した後、フランスのサルコジ元大統領が「国連交渉がうまくいかないならば、有志連合で温暖化防止に取り組み、これに参加しない国(当時、サルコジ大統領は中国等を念頭においていた)に対して炭素関税を課するべき」と提案したが、新興国は枠組み条約3条の規定を根拠にこのような議論に激しく反発し、EU内でも自由貿易を重視する英国、ドイツ等が反対したため、日の目を見ることはなかった。

パリ協定は困難な交渉の末、全員参加型の枠組みとなった。全員参加を確保するため、各国が国情に応じて目標値を登録し、その実施状況を報告・レビューするという柔軟性の高い枠組みとなっている。

したがってパリ協定を根拠に国境調整措置を講ずることが正当化されるとは考えられず、そもそもパリ協定は枠組み条約の下にある以上、気候変動枠組条約3条の縛りを受ける。

これまでの経験に照らせば「気候変動対策を理由とした貿易措置の扱いが、多国間交渉で検討され、何が許されて何が許されないのか、明確な要件が確立される」(不公正貿易報告書)ことは絶望的と考えて良いだろう。

(3)炭素関税論は貿易戦争につながる

フォンデアライエン氏が提唱した国境炭素税は暗黙のうちに温暖化対策に後ろ向きな米国を念頭に置いたものと考えてよいだろう。マクロン大統領は大統領選挙期間中から「トランプ大統領がパリ協定から離脱した場合、炭素関税等の貿易制裁を課する」と発言している

トランプ政権の下で米欧関係は冷却化しており、欧州の環境シフトを考慮すれば、こうした議論に拍車がかかる可能性も否定できない。しかしフランスまたはEUが一方的に炭素関税を賦課すれば、ただでさえ保護主義的傾向の強いトランプ大統領の米国が報復措置に訴えることはほぼ確実である。

米欧関係は温暖化問題だけで律せられるものではなく、貿易、安全保障等、多くの懸案事項を抱えている。政治的、経済的に考えれば全面的貿易戦争につながるような一方的措置が講じられるのか疑問がある。

また先に述べたように自由貿易を旗印とするドイツはこのような一方的措置には消極的であり、東欧諸国もそもそも温暖化対策に消極的なので、EUも一枚岩ではない。更にBrexitでEUを離脱した英国は米国との関係強化に走るはずである。

(4)技術的にも困難

炭素関税は技術的にも困難だ。英エコノミスト誌は「Are Carbon Tariffs a Good Idea?」(2017年2月)との記事において炭素関税が貿易戦争につながるリスクに警鐘を鳴らしているが、同時に「炭素関税を主張する者は、炭素税による貿易歪曲効果を除去できるとしている。

・・・経済学者はこうしたアイデアは理論的にはワークするとしているが、現実には非常に難しい。最大の問題は輸入に体化された炭素量を計算することが極めて難しいことだ。

単純な鋼板であっても異なる供給源からの中間財から作られるものであるため、死ぬほど(hellishly)複雑な計算となる」として炭素関税算出の技術的な難しさを指摘している。

生産工程がフラグメンテーション化している中で、ある製品に体化された炭素含有量を計算するためには、個々の生産工程がどこで行われ、そこに投入されたエネルギーの炭素含有量を評価することが求められ、現実的には不可能である。

更に同じ米国であっても、温暖化対策に熱心なカリフォルニア州や、パリ協定へのコミットを表明する米国企業等、まだら模様である。これらに対しても温暖化対策に消極的な連邦政府を理由に炭素関税を課することができるのか。技術的難点論点をあげれば枚挙にいとまがない。

このように国境調整措置には様々な問題があるが、トランプ大統領の鉄鋼・アルミ関税も「国家安全保障」を理由に正当化されてしまったことを考えると、一度、政治的モメンタムが働いたら前に進みだす可能性がある。貿易立国日本としても様々な頭の体操をしておく必要があろう。

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