侮れない中国の人工知能分野の取り組み

中村 祐輔

Will China lead the world in AI by 2030?」というタイトルのコメントが先週号のNature誌に掲載されていた。AI(Artificial Intelligence)、人工知能は社会変革をもたらす技術であり、ヘルスケア、交通・輸送、コミュニケーションに大きな変化を引き起こすことは間違いない。情報の通信速度が今よりも100倍速くなる5G時代と相俟って、20世紀には考えられなかったことが実現されてくるだろう。

nature.comより引用(編集部)

小さいころ、1960年代に「スタートレック」で宇宙船と天体上での交信で使われていた、現在の携帯電話に相当する通信手段を見たときには、こんな便利であればいいなと思っていたが、夢に近かった。しかし、携帯電話は1990年代に急速に普及が進み、今となってはなくてはならない存在となった。青春時代、デートの待ち合わせに間に合わずにすれ違いになっても、家に戻らなければ連絡が取れなかった。こんなほろ苦い経験も今となっては懐かしい思い出だ。

情報通信速度が格段に高速となると、遠隔操作で手術を行うことも夢ではない。5G時代では、実際の動きと画面のずれが0.01秒になると言われている。手術操作の1秒のずれは許容限度を超えており、不測の事態を引き起こしかねないが、0.01秒だとずれの問題は無視できるようだ。

実際の遠隔ロボット手術では、通信障害や不測事態発生時の現場での対応などの課題がないわけではないが、実現化までの道のりはそれほど長くないと感じている。特に、アジアやアフリカ諸国への医療貢献という観点で考えれば、国策として取り組むことも必要ではないかと考えている。

しかし、中国の官民一体となった人工知能分野への取り組みは侮れない。Nature誌では、「新規技術を開発する人材に欠ける」「コンピューターを構築する部品を米国に依存している」などの課題が指摘されていたが、米国の制裁対象となっているファーウエイなど5G時代をリードするとも言われている。また、米国から高給で中国へ人材を呼び戻しているので、早晩、米国と肩を並べ、追い越すかもしれない。

大きな政策目標のもとに、リーダーシップを明確にして、プロジェクトを率いる体制を構築する点に関しては、日本の仕組みは、米中と比較して格段に脆弱だ。みんなで仲良く、蜜をなめあっているうちにどんどんと差は広がっていくばかりだ。

2030年に中国が人工知能分野で世界のトップに立つかどうかは、米中貿易戦争の動向にも大きく左右されるだろうが、米中の資金投入は日本と比べれば桁が違う大きさである。

一矢報いる手立てを脂汗を流しながら考えているが、ピストルで機関銃に勝つのは一発必中しかない。これを外すと一巻の終わりであるが、これまでの人生も綱渡り人生だったので、これを楽しむしかない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年8月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。