ヘッジファンドによる香港ドルの売り崩しが成功するカギは?

2019年08月31日 06:01

香港の逃亡犯条例改正案への抗議デモが収まらない。空港を占拠して多くのフライトがキャンセルになったり、つい先日はついに警官隊がデモ参加者に威嚇発砲をするまでになった。

この週末にも大規模なデモが予定されており、デモの申請を警察は却下したものの、抗議デモは行われることとなろう。いずれは中国政府の支持で強権的な鎮圧がなされる可能性が高いが、そうなると香港の政治だけでなく経済的にも大きな混乱が生じる。

Marco Verch/flickr(編集部)

こうした政治的混乱の中で、既に香港からの資本逃避が始まっている兆候が見える。仮想通貨のビットコインの香港での交換レートにプレミアムがついているのだ。

ジンバブエやヴェネズエラでもそうだが、国の経済が危うくなって自分の持っているお金を安全な場所に移したいと国民が思うようになったときは、現地での仮想通貨の値段が上昇する。

香港最大手の仮想通貨取引所のTideBitの8月30日午後4時のビットコインと香港ドルの交換レートは1ビットコイン=74200香港ドル(約9,646米ドル)前後だったが。これが世界の他の地域の取引所だと同時刻に1ビットコイン=9500米ドル前後なので、140ドル近く香港での交換レートは高くなっている。香港の人はそれだけ高い代金を払ってでもビットコインを求めているのだ。

こうした資本逃避の状況に目を付けたハイエナのようなヘッジファンドは、すでに春先から香港ドルのショート(売り)ポジションを増やしてきている。その影響もあって香港ドルの対ドルレートは今月に入ってから、米ドルとの変動幅の下限の1米ドル=7.85香港ドル近辺に張り付いている。

しかし、結論を先に言ってしまうと、ヘッジファンドが香港の金融当局(香港金融管理局)に対して勝利を収めるのはかなり難しいだろう。

香港金融管理局は、現在のような香港ドルの米ドルへのペッグ(固定)制度を初めて36年になるが、この間たびたび香港ドル売りの投機を浴びせられてきた。為替のドルペッグ制度を採用していたアルゼンチンやタイなど他の国々は、ことごとく投機売りに敗れたが、香港だけはそれを跳ね返してきた。そしてそれには十分な理由がある。

日銀が金融緩和を行うと円安になるように、金融政策は為替レートに影響を与えることが出来る。しかし、香港のように自国の為替レートを米ドルなどの他国の為替レートにペッグすると、自国で独自の金融政策をとって景気や為替の調整のために政策金利を動かすことが出来なくなる。したがって為替レートのペッグ制をとっている国にとって唯一為替レートを守る手立ては、通貨の裏付けとなる外貨準備だけなのだ。

香港の場合、この外貨準備の厚みが半端ではない。今月初めに香港金融管理局が発表した7月末の外貨準備高は4,485億米ドルとなっており、流通している硬貨や紙幣の残高の7倍、M3と呼ばれる硬貨、紙幣、普通預金、定期預金などを合計した金額の47%に上っている。ヘッジファンドがいくらお金をかき集めて香港ドル売りをしても、この日本のGDPのほぼ1割にあたる香港の外貨準備高の前には簡単に跳ね返されてしまうだろう。

しかし、何事にも絶対ということが無いように、この鉄壁の香港金融管理局の守りも絶対崩されない保証はない。今回の抗議デモの対象となっている逃亡犯条例改正案は、単に中国本土で犯罪を犯した者の身柄の引渡しを中国政府が求めることが出来るということだけでなく、犯罪者の収益の差押えも出来ることになっている。

この条例は、これまで香港が犯罪者にとって、資金を置いて運用などを自由にできた天国であったのをつぶすことも可能とするのだ。この犯罪はなにも麻薬を売って得た金に限らず、例えば贈収賄で得た資金や脱税資金でも犯罪収益として差し押さえられることになる。

倫理上はこうした犯罪資金は取り締まられるべきだが、香港がこれまで経済的に繁栄してきた理由の一つは、お金がダーティーかどうか区別を付けずにすべて受け入れてきたことがある。

犯罪者の中には既に他の国へ資産を移転した者もいるだろうが、今は世界中でこうした犯罪収益の取り締まりが強化されつつある。香港に犯罪収益を置いている者は、今かたずを呑んで事態の推移を見守っているのではなかろうか。

もし、中国政府が天安門事件の時のように香港のデモを強権で弾圧するようなことになれば、香港の未来に絶望した善良な市民が国外への資産を避難させるのと並んで、逃亡犯条例改正案の実施が間違いないと確信した犯罪者は、資金を国外へ本格的に逃避させるだろう。

その時が、香港ドルのペッグ制の崩壊するときかもしれない。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト

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