「車王国」ドイツの高齢者運転問題

長谷川 良

日本で高齢者の運転による交通事故が大きな社会問題となっているが、「自動車王国」ドイツでは高齢者運転問題で年齢制限、定期的運転能力のチェックなどを求める声は聞かれるが、同国の主要な与・野党は消極的だ。

▲ADAC会員の30・2%が60歳以上の高齢者(ADAC公式サイトから)

▲ADAC会員の30・2%が60歳以上の高齢者(ADAC公式サイトから)

独週刊誌シュピーゲル(8月24日号)は85歳の女性が運転していた車に轢かれて9歳の息子を亡くした家族をインタビューし、高齢者の運転について「コントロールがなく、いつまでも運転できる現状」に問題を提示している。記事のタイトルは「Nicht im Blick」(視野になかった)だ。

犠牲となった子供は家族と一緒に自転車で遠出した。県道の脇道を走っていた時、85歳の女性の車が子供の姿が見えず、轢いてしまった。85歳の女性は罰金刑を受け、自動車免許は事故後、自主的に返還したという。

以下、シュピーゲル誌の記事を紹介し、自動車王国ドイツの高齢者運転の現状を報告する。

多くの欧州諸国では高齢運転者の運転技能のチェックを法的に決めている。例えば、イタリアでは80歳以上の運転者は2年ごとに運転能力のチェックを受けなければならない。一方、ドイツでは100歳になって自動車を運転しても違反ではない。事故を起こして相手を死傷させた場合や物的損害を起こした場合、最高5年の禁固、ないしは罰金が科せられるが、刑法には運転の年齢制限については何も明記していない。

ドイツが高齢者の運転の年齢制限や技能チェックに消極的なのは、同国にとって自動車産業が国民経済の原動力であり、メルセデス・ベンツ車、BMW、フォルクスワーゲン(VW)、オペル車などの車を製造し、世界に輸出している国だという事情がある。トランプ米大統領がドイツに対し、自動車の対米輸出に追加関税をつけると話した時、ドイツ産業では大きなショックが走ったことはまだ記憶に新しい。

ドイツでは65歳以上の国民で運転免許所有者の数は1600万人、その3人に1人は毎日、運転している。75歳以上の国民で自動免許所有者はドイツでは200万人以上だ。その数は年々増加している。

全土にアウトバーン網が敷かれ、高速道路では速度制限はない。当方も昔、知人のベンツ車を運転して200キロのスピードで高速道路を飛ばしたことがある。高速道路でノロノロと走っている車はほとんどがオランダ人の運転手だ。オランダでは100キロのスピード制限があるからだ。

都会に住んでいれば、バスや地下鉄、鉄道を利用して目的地に行けるが、少し離れた田舎に住んでいれば、車がなければ目的地に行くのに時間がかかる。交通当局は公共機関の利用を呼び掛けているが、バスのインターバルは長いから、車で30分で行けるところを待ち時間を含めで1時間半以上かかるといったことが普通だ。だから、運転免許を持ち、運転に支障となる病気がない場合、自家用車を利用するようになるわけだ。

高齢者には年を重ねるのにつれ運転機能が後退していることの自覚がない場合が多い。ケルンのマックス・プランク老化生物学研究所は、人が年を取ると体にどのような変化が出てくるかを研究している。それによると、20歳から人の細胞は老化を始め、40歳を過ぎると頭脳は収縮し、視覚は悪化し、50歳、60歳に入ると聴覚も悪くなる。65歳過ぎると、体は筋肉をもはや造成できなく、70歳ごろには、記憶力も衰え、80歳になると、視覚領域が20,30%減少する。90歳以上になると3人に1人はデメンツ(認知障害)になる、といった報告だ。

交通事故の統計からいえば、65歳以上の運転手より、18歳から25歳の運転手のほうが多く事故を起こしているが、75歳以上の運転手の場合は、人身事故の74・3%が事故の張本人だ。だから、85歳の老人が車のペダルを踏むことには大きなリスクが伴うわけだ。

ドイツでは、欧州連合(EU)が決めた高齢者運転の健康チェックの義務化に対して、与党「キリスト教民主、社会同盟」(CDU/CSU)、社会民主党(SPD)、自由民主党(FDP)らが反対しているため、ドイツ連邦議会で過半数を獲得することは難しい。

ドイツでは新車が良く売れる。今年1月から4月、新車を登録した国民の12・5%は59歳以上の国民だ。日本のJAFに当たるロードサービス組織ADAC(ドイツ自動車クラブ)会員の30・2%が60歳以上だ。2017年に実施されたドイツ連邦議会選で60歳以上の有権者は3人に1人を超えた。ドイツは既に高齢化社会だ。国民は高齢化し、それに伴い、高齢者の運転者が増えるわけだ。

米国では銃規制関連法案の施行が難しいように、ドイツでは高齢者の運転年齢制限、高齢者運転の健康チェックの導入が難しい。自動車王国ドイツでは高齢者の運転制限は依然、タブー・テーマなのだ。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年9月4日の記事に一部加筆。