韓国「10人に1人要治療」説を鵜呑みにするのはなぜか

2019年09月09日 06:01

週刊ポストの嫌韓記事問題は評価も固まったようであるが、1点だけどうしても問題意識を提起したい。

問題となった週刊ポストの韓国特集(編集部撮影)

誰でも心地よい話は鵜呑み

確かに自分の信念に適合する、または違和感を払拭してくれる言説は、誰でも未検証で聞き入れることができる。筆者もそうである。しかし、言葉の定義に始まり、伝えたい文意と受け取る文意のずれなど、実はコミュニケーションに必ず附帯する不正確さは排除できず、結局「自分が読みたい趣旨として改変して理解する」リスクは大きい。

その上そもそも主張されている言説が本当に正しいとは限らない。従って娯楽やフィクション作品を除き、全ての言説は、「言葉と文が指し示す厳密な意味は何か」と「事実に基づいているか」を吟味することが重要である。

発言者のステイタスと発言内容の権威

例えば、ノーベル賞受賞者の本庶佑氏は「ネイチャー誌、サイエンス誌の9割は嘘」と端的に話し、常識を疑う大切さを説いたという。これを聞くと「ノーベル賞受賞者の本庶氏だから言っていることはきっと正しい」とつい未検証で受け入れてしまう。普段からそれら科学誌を読破している研究者や教育者ならば自分の実感と照らし合わせて「確かにそうだ」「いや言い過ぎだ」という評価も可能だろう。

しかし、そうでない人々にとって過去ネイチャーやサイエンンスに掲載された説を検証し、正誤の比率を計算することは困難である。それでも自説として「権威ある科学誌でも9割は嘘」と主張するならば、せめてインターネットで裏を取る努力などは必要だろう。

科学は自然科学的事実に基づかないと実験結果が付いてこない。そのため科学者の発言の信頼性は高いと筆者は考える。ましてや「ノーベル賞受賞者」である。昨日まで知らなかった人々が俄かに盲信し、仮にその言説を疑えば逆に無知扱いされてしまうだろう。しかし科学者の説であっても、「スタップ細胞はあります」のような事例もあり、鵜呑みにしないよう心掛けている。

大韓神経精神医学会の信頼性

筆者は自分が騙されやすいことを自覚しているので、常々「ニセ科学」の欺瞞に気を付けている。

人畜無害が前提だが「エンターテイメント」という意味で健康食品のPRなども社会的にはあり得ると思うが、例えば各種の予防接種や血圧基準の話など、権威ある医師でさえ利害関係にまみれたポジショントークを繰り広げるので全く信用できない。日本の医学関係の業界団体の話もまた然りである。

国内でさえそうなのに、外国の「大韓神経精神医学会」なる団体のこれまでの活動実績を知らず、インターネットで調べても韓国(朝鮮)語がわからない日本人の筆者には評価のしようがない。つまり自分では信頼していいのかどうか判断できない。

そのため、2015年に発表されたという調査レポートで主張されている「韓国成人の半分以上が憤怒調節に困難を感じており、10人に1人は治療が必要なほどの高危険群である」という結論も妥当性については全く判断できない。

また、他機関による追加実験や検証調査はあるのだろうか。マスメディアがあれ程センセーショナルに報じるならばその確認は必須であろう。

そして、例えば「インフルエンザ検査」などと異なり、精神面の疾患についてはボーダーラインがはっきりしないものもある。そのため、診察基準の置き方や医師による認定のばらつきなど、具体的な調査内容を深く理解した上でなければ、精神疾患に関する医学情報は、結果だけを掬い取って利用することはできないテーマだと考える。

これに関しては、是非とも当該分野をご専門として利害関係の少ない日本人の医師か研究者の見解を伺いたいと願っている。

日本人の「願望」に沿うから鵜呑み

結局、ポストの論調を擁護した多くの日本人にとって、「韓国人の10人に1人は要治療の精神疾患」という趣旨は、普段から韓国に感じているストレスや心の奥底にある感情に対して心地よい言説だったのだ。そのため未検証で鵜呑みにしたのである。これが「韓国人は問題なし。日本人の10人に1人は要治療の精神疾患」という趣旨だったら反証を探したり反論したりしたであろう。

仮に、日ごろ特定の民族を「噓つき」と認定してその言説の信頼性に疑問を持っていながら、今回は未検証で主張の論拠として信頼するならば、それもまたダブルスタンダードである。

また、逆に記事本体を吟味せずに見出しだけでポストを非難した多くの人にとって、「やはり、嫌韓の人々は差別的な言説をする」具体的事例として、「嫌韓」=「差別」という構図に適合するのでそれはそれで心地よかったのである。

なお、筆者は、当該記事は事実かどうかにかかわらず「差別」ではなく「侮蔑」だったと考えている。それでも許容されるのは「エンターテイメント誌『週刊ポスト』だから」である。これを問題にするのは、譬えるなら、“ドラえもんを見てスネ夫の「のび太のくせに生意気だ」というセリフに憤る”ようなものである。

まとめ

以下は自戒のための文言である。

誰かの言説が自説に適合するからと言って盲信することなく、事実かどうかをたえず吟味し、ファクトに基づく言説を心がけるべきである。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。

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田村 和広
算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰

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