JRの計画運休ってこれでいいの?寿司詰めの新幹線に唖然

田中 紀子

皆様、今朝の台風大丈夫でしたか?

我が家では、私、家が狭く納戸を改造して寝ているのですが、横殴りの風雨が吹き荒れたため、なんと天井の間接照明の間から雨漏りし、ベットが一部びしょぬれになる…という事態に陥っておりました。びっくりです!

写真AC:編集部

ところで、今、私がTwitterでJRの計画運休について怒りを書いたら、それがプチ炎上しているのですが、昨日、私は大阪におり、そこからJRの計画運休というものに初めて遭遇し、この「計画運休」について「えっ!?これで計画的なの!?」とびっくりする出来事が多々あったので、現場を見ていない人達の批判にさらされようとも、あえてこのことを書きたいと思います。

もしJR関係者の目に止まったら、是非とも計画運休のあり方に再考願いたいと思います。

まず、昨日の大阪行きですが、台風が夜半に来るということで、私が家を出る頃は、夜7時頃から計画運休に入るとの情報が流されていました。

「そうか、4時半には用事が終わるから帰れるな」と思って家を出ました。さらには翌日つまりは本日ですが、特に講演や相談会などの予定もないので、「最悪は大阪に止まっても大丈夫」と思っておりました。

何故、そうまでして大阪に行きたかったかというと、昨日は家族向けワークショップがあったのですが、そのワークの前に相談会を開催していたんですね。

相談会には毎回切羽詰まった方が来られるし、実際に家族会の方から、「ちょっと、緊急の案件の相談者が行くから宜しくね」と連絡を受けていたので、その案件が心配で行ったんですね。

で、相談会をこなし、ワークショップをこなしていると、午後3時半ごろ、計画運休が早まり、東京行きの「こだま」はすでに午後2時50分で終了。「ひかり」は、3時43分で終了。「のぞみ」も4時40分で終了とのことだったんですね。

で、ワークをやっていた会場が四つ橋線の岸里駅だったので、4時40分に乗れるかな?くらいの気持ちで、少し早めの午後4時少しすぎに切り上げ新大阪に向かいました。

しかし、実際は新大阪に40分着は厳しいことが途中で分かったので、「これは大阪に1泊だな~」と思い、ホテルの予約を入れました。そして私が新大阪に就いたのが午後4時50分。あぁ、もうダメだなと思いましたが、念のため改札に行ってみると、「東京行き、最終便間もなく発車です。お急ぎください!」と、盛大にアナウンスをしており、「あれ?まだ乗れるんだ?」と思ったんですね。

で、改札で聞いてみると、白い「乗車証明」という小さな紙をくれて、「とりあえずこれで乗って東京駅で清算してください!」とのことなんです。

その紙を持って、ホームにあがり乗車したんですね。もちろんすでに席はなく、立ちっぱなしでしたけど、まぁいいやと思いそのまま乗りました。私が乗車した時は、お盆や年末に「あら~、座れなかったわ」っていう位の混み方でした。

ところが、ここからです。私がJRの「計画運休」の「計画」に疑問を持つのは!

そもそも計画運休というのは、「安全」に人身を運ぶために計画するためにやっていることだと思うんですね。大事なのは「安全」だと思うんですよ。

ところが、4時40分発最終と言われていた「のぞみ」が、すでに50分をすぎても発車していない状況だったのに、そこからまたさらに5時15分ごろまで、新幹線は発車せず、ひたすら「お急ぎください!」といいながら、JR職員はどんどん人を詰め込んでいくんですよ。そして次第に身動き取れなくなって行きました。

いや、乗れなければ乗れないで、台風なんだからあきらめて何とかするしかないですよね。
私も、もちろんそうするつもりでした。計画運休の意味も理解できますよ。

でも、このJRの「乗せれるだけ、乗せてしまえ!」という姿勢を目の当たりにした時は、「利益優先」という言葉しか浮かびませんでした。

一体いつ発車するのかも全く分からないまま、いっそ降りようかどうか?と悩んだまま、どんどん奥へと押されていってしまいました。もうこうなると「観念していくっきゃない!」という気持ちになっていきました。

駅員さんがホームから見ると、スペースが空いているように見えるところも、実際には、スーツケースが置かれていたり、小さなお子さんが疲れて座りこんでいて、それを親御さんが必死にガードしていたりするんですよ。

だからドア付近にいる乗客の方が「もう、無理です!」と伝えているのに、一切取りあわず、「もう一歩ずつお進みください!」の一点張りなのです。これには驚きました。

私は、頭の中で「これで車内でなにかあったらどうなるんだろう?」と、不安になって行きました。もし、こんな鮨ずめの車内で、かつてあったような焼身自殺や、刃物を振り回す人が現れたら…と一瞬頭をよぎりました。

そして、午後5時15分頃、満員になった新幹線はやっと発車したのです。なぜ、こんなにも無理やり詰め込む必要があるのか?それが計画運休なのか?これが安全走行と言えるのか?

はなはだ疑問に思いました。計画運休なんだから、基本計画通り進めて、乗り遅れた人は一泊するとか対処すればいいのでは?と思いました。

そして案の定、寿司詰めの新幹線なので、急病人がでて、車内で緊急停車のボタンが押されました。

駅の途中でボタンが押されたので、車掌さんは車掌室から急病人のいることろまで行かなくてはなりません。

でも、これだけ詰め込んでしまったら、簡単にいけるわけがない…そこで約40分間停止することとなりました。心臓発作などの緊急を要するものだったら、一体どうなるのでしょう?

そしてどうなったかは分からないですが、米原のホームに停車。ドアがあいたのです。

よくわからなかったのですが「のぞみ」でも米原には停車予定で、私の乗った新幹線が最終の東京行きとなっていましたが、実際にはその後の名古屋どまりの「ひかり」も米原から東京行きに急きょ変更となり、そちらに移っていく人、米原から乗りこんでくる人など、現場の混乱は続きました。

そして、やっと東京駅に着いたのですが、ここからは政府が推し進める「観光立国」という言葉が、本当に空しい…と思いましたね。

なんせ、もともと指定席切符を持っていた人で自由席料金に払い戻しがある人、次の列車に乗り継げない人、私の様に乗車証明で乗った人の清算、その他様々なパターンがあるわけですが、構内で一切のアナウンスがなく、そこにいた駅員さんを誰かが捕まえて、そこに長蛇の列ができる…….

と、こんな状況なんですね。誰がどこに並んだらいいのか、全く分からないまま、長蛇の列に並んだのちに「ここじゃない。」と言われ、また別の列に並び直す羽目に陥る人などがいて、「だったらアナウンスぐらいして!」と怒りだす人が多々見受けられました。

なによりも可哀想だったのは、外国の方々です。
大きな荷物やバックパックを背負ったまま、右往左往しているのですが、日本人ですら、どこに並べばいいのか?分からないので、案内してあげたいけどできない、(しかも私なんぞ英語もできない)、可哀想に結局あっちゃこっちゃに並んだ挙げ句、最も長蛇の列となった清算窓口の最後尾につけることとなり、怒っていました。

そしてこの清算窓口には、2人しかおらず、しかも並ぶ必要のない人も並んでいるのに、
新幹線の到着が終わり、改札口ががら~んと人気がなくなると、そこで駅員さん達はおしゃべりをはじめ、こちらの列の交通整理には一切ノータッチ。

ちょと写真だと分かりにくいかもしれませんが、こんな感じ。
改札口に3人の駅員さんが固まって、ず~っとおしゃべりしているんですよね。これには本当に驚きました。

さて、私のTwitterに「文句を言うな」とか、「自分の計画性のなさを反省しろ」「JRの優しさがわからないのか?」などとコメントが来ていますが、それに対していちいち返事をするほど仕事が暇でもないので、こうして現場の状況を、記事にまとめて書くことにしました。

偶然にも乗りこめることとなった最終便の新幹線に乗り込み、あれよあれよという間に身動きできなくなるほど詰め込まれ、「計画運休」というものの実態に生で体験できたことは、本当に幸運だったと思います。

「計画運休」の安全性を信じてはいけない!ということがわかりましたし、「計画運休」は決して、計画的には行われていないということもわかりました。出張族として、今後に生かしたいと思います。

そしてJRさんにお伝えできるものなら、「計画運休は安全対策を最優先で本当に考えているのか?」ということをお聞きしたいです。私は、はなはだ疑問に感じました。今後、改善できる点も多々あると思うので、改善点は改善して欲しいと思います。


田中 紀子
公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表
国立精神・神経医療センター 薬物依存研究部 研究生
競艇・カジノにはまったギャンブル依存症当事者であり、祖父、父、夫がギャンブル依存症という三代目ギャン妻(ギャンブラーの妻)です。 著書:「三代目ギャン妻の物語」(高文研)「ギャンブル依存症」(角川新書)「ギャンブル依存症問題を考える会」公式サイト