韓国・文在寅がチョ・グク(たまねぎ男)を取ったワケ

宇山 卓栄

文在寅にとって正しい判断

9日、曺国(チョ・グク)氏の法相任命の一報を聞いた時、私は、文在寅大統領はやはり、油断のならない相手だと感じた。日本では、この決定を「意味不明な」、「バカげたこと」とする捉え方が多いが、実は、文大統領にとって、政治的に理にかなったことである。

チョ氏の法相任命を強行した文大統領(青瓦台Facebookより)

仮に、チョ・グク氏の任命を見送っていたら、文大統領には、二重の痛手となっていただろう。第1に、野党・保守派の攻撃に屈したことになり、彼らを勢いづかせてしまう可能性があったこと。第2に、検察に屈することになり、今後も検察の政権への追及が強まる可能性があったこと。文大統領がチョ・グク氏を任命しなければならなかった理由はここだ。

一方で、チョ・グク氏任命により、世論の反発が大きくなり、かつてのろうそくデモのようなことになれば、元も子もない。そのため、文在寅政権は世論の動向を注意深く観察していた。

2日、チョ・グク氏の10時間に及ぶ記者会見後の世論調査で、任命賛成が46.1%に上昇したと報じられた(9月4日、韓国世論調査、聯合ニュース)。また、記者会見を視聴したとする回答者について、任命賛成は53.4%、任命反対は45.7%で、なんと、賛成が7.7ポイント上回った。この世論調査の数字を見て、政権は自信を得た。

疑惑があるにも関わらず、我々が思っている以上に、韓国国民はチョグク氏に反発していないということが世論調査の数字からもわかる。

韓国国民はいったい何を考えているのか?

韓国国民の多くは本質的に、共産主義思想に侵されている。文在寅政権の支持率が依然40%以上もあるのは、エリートを叩くという政権の共産主義的な政策が支持されているからだ。

韓国語で、共産主義者を「パルゲンイ(アカ野郎)」と呼ぶが、このパルゲンイたる韓国一般庶民らにとって、権力者の特権専横は許しがたい。崔順実(チェ・スンシル)被告の娘が名門の梨花女子大へ不正入学したことが表沙汰になった時、ろうそくデモが起こった。今回のチョ・グク氏の娘の不正疑惑も同じ構図である。この不正スキャンダルは文在寅政権への国民の見方が大きく変わる要因になり得るものだ。

しかし、そうはなっていない。なぜなのか。まず、追及する側の野党の自由韓国党があまりにも、頼りなく不甲斐ないということが大きい。自由韓国党は「(GSOMIA破棄は)曺国(チョ・グク)のために祖国(チョグク)を捨てた」などというつまらない語呂合わせで、批判を強めているが、そもそも、パルゲンイにとって、祖国などどうでもよいことだ。まったくセンスのない標語である。

保守野党はせっかくのチャンスを活かし切れていないばかりか、追及が甘過ぎて、逆にチョ・グク氏に同情が集まることになっている。

崔順実(チェ・スンシル)被告の娘の時は、左派が庶民の悲憤を煽るような言い方で政治攻勢をかけていた。こうした巧みさが保守派にはない。自由韓国党院内代表の羅卿ウォン(ナ・ギョンウォン)氏もお上品で線が細すぎて、弱々しい。

6日のチョ・グク氏人事聴聞会でも、根回し不足で、決定的な証拠・証言を提示することもできなかった。韓国国民には、劇場型の政治演出がよく効く。この「劇場主演役者」の地位をチョ・グク氏に奪われてしまっている格好だ。

保守派は汚職や癒着の過去があり、何を言っても説得力がないということもある。生活に苦しむ庶民は、自由韓国党などの保守派ではなく、文在寅のような左翼勢力を必然的に支持するし、とにかく保守派の声が届かない。

日本にとって最悪のシナリオも

文在寅はこうした状況を見極めながら、チョ・グク氏任命を押し通した方が大局的に自分たちの利益になると判断した。その判断は間違ってはいないし、実に腹の据わった決断でもある。韓国人は文在寅のこうした頑強さをカリスマ性と捉える。

今後、文政権はチョ・グク法相を通じて、検察を徹底的に叩くだろう。行政、軍、司法、財界、メディアを今や全て、政権が握っている。残された最後の抵抗勢力が検察であるが、反対派の検察官たちは政治粛清される運命にある。

韓国では、検察権力が絶大な力を持っている。朴正煕政権時代に、自らの息の掛かった者を検察組織の要職に据え、組織自体に大きな権限を与えた。保守派の牙城として、今でも検察は左派には反発を抱いている。金大中政権、盧武鉉政権などの左派政権でも、政権と検察組織の対立が激しかった。

検察が独占している捜査権を警察に分散させるなど、検察改革を文在寅政権は掲げている。検察はチョ・グク氏の追及で、政権に抵抗していたが、もはやこれまでか。チョ・グク氏や家族の一連の疑惑ももみ消されるだろう。野党と検察の連携も最初から甘かったが、ますます分断されていく可能性が高い。

一時的に、チョ・グク氏の任命で、支持率の乱高下があるかもしれないが、また、反政府デモなども過熱化するかもしれないが、最終的に文在寅政権に有利な形で収束するという、日本にとって最悪のシナリオになることも想定しておかねばならない。

文在寅政権が末期症状で、今にも終わるという見方が多くあるが、それは希望的観測というものだ。彼らを甘く見ていると、こちらがヤケドする。

著者講演会お知らせ
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宇山 卓栄   著作家
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。大手予備校にて世界史の講師をつとめ、現在は著作家として活動。『「三国志」からリーダーの生き方を学ぶ』(三笠書房)、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(扶桑社)、『民族で読み解く世界史』(日本実業出版社)などの著書がある。